エイベックスがつくる「アート」としての大麻布。現代社会を刺激する大麻布ブランド「majotae」とは?

エイベックスが手がける、大麻布(ヘンプ)ブランド「majotae(マヨタエ)」。日本古来の大麻布を蘇らせるというこのプロジェクトはどこを目指しているのか。本ブランドに携わる大麻布収集家でアーティストの吉田真一郎に話を聞いた。

取材・文=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

「majotae」
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大麻布の文化的背景

 大麻布を蒐集・研究するのみならず、集めた布を素材とする作品を制作してきたアーティスト・吉田真一郎。吉田の作品が展示されている京都のテキスタイルギャラリー「真妙庵」で話を聞くことができた。持参した大麻布を広げながら、吉田は大麻布の歴史を語り始めた。「幻覚成分のある『大麻』という言葉がひとり歩きしているけど、大麻でつくられる布は縄文の昔から日本人の生活に欠かせないものでした。戦後の政策によってその生産が難しくなったんです」。

吉田真一郎 撮影=来田猛

 しかし、私たちが普段購入する衣服にも、製品表示に「麻」と記されているものは多い。慣れ親しんでいる「麻」と「大麻」は何が違うのか。「日本では『麻』とひとくくりにしてしまいますが、衣料用の『麻』は大きく『大麻(ヘンプ)』『苧麻(ラミー)』『亜麻(リネン)』に分けられます。大麻は繊維のばらつきが多く、紡績の際に切れやすいので加工の自由度が低いですし、歴史家もゴワゴワした庶民の布だと認識している人が多くいました。でもこれを触ってみてください」。

 そう言って吉田が手に取った江戸時代の大麻布を触ってみると、まるでコットン生地のような触り心地に驚く。また、鮮やかな刺繍が施された着物に使われていた大麻布は、シルクと見紛うばかりの光沢が表面に見て取れる。「日本古来の技術は、大麻布を柔らかく着心地のいいものに仕立てることができ、さらに、布地を叩くことでシルクのような光沢を出すこともできた。大麻は神事に欠かせないものであり、抗菌作用もあると考えられており、そして高級な仕立てにも耐えうる、かつての日本人の生活とともにあった布だったんです」。

コットンのような質感を持つ柔らかな江戸時代の大麻布 撮影=来田猛

「アート」として再生する

 エイベックスは吉田とともに、こうした過去の技術を参照しつつ、ハリとしなやかさが同居する大麻布を現代に蘇らせた。これが大麻布ブランド「majotae」なのだ。ただ衣料をつくるのみならず、広範な利用を前提とした素材として様々な種類がラインナップされている。しかし、なぜ吉田は、大麻布を復活させる際に音楽事業で知られるエイベックスをパートナーとしたのだろうか。

 「大麻は環境への負荷が少ない植物で、成長も速く、痩せた土地や乾燥した地域でも育つ持続可能な素材です。さらに、使い込むほど体になじむので、長く使うことができます。つまり、いまの時代に求められるサステナブルな衣料素材なんです。確かにエイベックスはエンターテイメント産業を担ってきましたが、同時にカルチャーそのものをつくることを考えてきた企業です。日本古来の布によっていまの時代にそぐう新たなカルチャーをつくりたいという思いで、一緒に『majotae』のプロジェクトに取り組むことになりました」。

「majotae」の生地と古布のさらし風景

 吉田が本プロジェクトに取り組むようになったのは、大麻布を研究し始めた動機にも関連している。それは、ドイツを代表する現代美術家のひとり、ヨーゼフ・ボイス(1921〜86)との出会いなのだという。「アーティストとして絵を描いていた頃、西ドイツでボイスと出会い、よく会話していました。彼は、自身の作品のなかの『ジャガイモ』という素材ひとつをとっても、それを使った理由をドイツの歴史にまで話を広げながら語ることができる。そして私の絵にもそれを求めたんです。つねに、お前のアイデンティティはどこにあるのか、自分の表現の根源は何かを問われました。これには衝撃を受けましたね。これまで自分が触れてきた美術とはまったく違う、つねに社会が反映され、そして社会そのものを変革する可能性にあふれた『現代美術』だと。帰国後、ボイスの問いに呼応するように日本人としてのアイデンティティを探し、そこで出会ったのが途絶えてしまった大麻布の伝統でした」。

 以降、吉田は京都を中心に骨董の古布を蒐集し始める。取り扱う業者はおろか、研究者も素材が「大麻」だと認識していないものが多かったなか、近世麻布研究所による繊維分析などを経て、多くの古布の正体を明らかにした。こうして見えてきたのが、かつて、日本の社会に根ざしていた大麻の実用性と万能さだったのだ。

日本の大麻布を世界へ、そして未来へ

 現在、吉田は蒐集した大麻布を使って作品を制作している。真妙庵に並ぶ吉田の作品の多くは、白い大麻布だけを使って制作したもの。縞模様にも見える大麻布は、同じ白でも微妙に色味が異なり、美しいグラデーションを生んでいる。

「同じ白にもかかわらず、さらしの具合だけでなく、経年変化でもこれだけ豊かな表情の違いが生まれるんです。見る人によってはただの布ですが、大麻布の来歴を知ったうえで鑑賞すれば、忘れられていた日本人のアイデンティティの豊かさを感じられるのではないでしょうか」。

吉田真一郎の作品。微妙に色や風合いが異なる大麻布を素材としている 撮影=来田猛

 「majotae」は4月に開催されたミラノサローネにも出展した。「majotae」はたんなるプロダクトではなく、先人のサステイナブルに関する知恵やアイデアを活用する、考古学的なアプローチによって開発を続けている。会場でも、プロダクトの紹介に留まらず、こうした姿勢まで含めて伝えようとするプレゼンテーションが行われた。

 期間中はミラノ市内のふたつの会場「Secci Milano」「Berta」で展示を実施。メイン会場となった「Secci Milano」では、近年環境負荷が少ない天然素材としてその価値が見直されている大麻繊維と日本人との歴史的な関わりをテーマに、貴重な大麻布に関するアーカイヴ資料を紹介した。

「Secci Milano」の展示風景より
「Secci Milano」の展示風景より、大麻の糸くずを緯糸に再利用して織った仕事着
「Secci Milano」の展示風景より、昭和23年の新聞紙に包まれた大麻の苧

 そして「Berta」では「majotae」のものづくりに関する考え方、ブランドの世界観を体感できるインスタレーションを行った。ここでは江戸時代の機屋(はたや)の光景を、数百点におよぶ大麻布や道具などのアーカイヴを用いて再現。現代の技術で甦らせた大麻「majotae」の糸を、伝統的な織機を使って職人が織る実演展示を実施。高度に分業化された日本のものづくりを下敷きに展開される、テクノロジーとクラフトマンシップが融合した「majotae」ならではのアプローチを可視化することに成功した。

「Berta」での展示風景
「Berta」での展示風景
「Berta」で行われた伝統的な織機を使って職人が織る実演展示

 会場では海外のメディアやクリエイターからも大きな反響があったという。日本のアイデンティティとしての「大麻布」を、サステナブルなそのシステムや思想とともに蘇らそうとする、エイベックスと吉田の挑戦。新たに誕生しようとするこの「アート」に、世界が注目し始めている。