モンクレールから世界への「夢への招待状」。ドリーマー、ダニエル・アーシャムが見た夢とは?

毎春、ミラノ市内に世界中から最新のデザインが集結するミラノデザインウィーク。フランス発のファッションブランドであるモンクレールが、ミラノ中央駅を中心に「An Invitation To Dream(夢への招待状)」と題するプロジェクトを4月15日〜21日に開催した。同プロジェクトに登場したドリーマーのひとりでアーティストのダニエル・アーシャムのインタビューをお届けする。

記事構成=中島良平

ダニエル・アーシャム

 1952年にフランス南東部、ローヌ=アルプ地方に位置するモネスティエ・ドゥ・クレルモンで創業したモンクレール。ダウンジャケットやセーターが世界的に人気のこのブランドは、探検家たちが目指す最高峰への到達という夢の達成を後押ししてきた。そして2024年春のミラノデザインウィーク。世界最大規模の家具見本市であるミラノサローネに始まり、現在ではジャンルを問わず世界中からミラノに最新デザインが集結するこの期間、モンクレールはミラノ中央駅をハックし、大規模なパブリック・アート・スペースへと変容させるプロジェクト「An Invitation To Dream(夢への招待状)」を実施している。 

「An Invitation To Dream(夢への招待状)」プロジェクトの様子

 キュレーションを手がけるのは、ロンドン発のファッション・カルチャー系メディアグループ「Dazed」の共同創設者で、エディトリアル・ディレクターを務めるジェファーソン・ハック。「An Invitation To Dream(夢への招待状)」と名づけたこのプロジェクトでは、写真家のジャック・デイヴィソンが撮影に携わり、映像とスチルで現在のカルチャーを担う表現者たちの映像や写真、言葉で駅構内のビルボードやスクリーンをすべて新たにコネクトする。登場するのは、アーティストのダニエル・アーシャムやシンガー・ソングライターのリナ・サワヤマ、バレエダンサーのフランチェスカ・ヘイワードら、12名の表現者たち。

ダニエル・アーシャムやリナ・サワヤマ、フランチェスカ・ヘイワードら、12名の表現者たちが登場した

 ジェファーソン・ハックが、ダニエル・アーシャムに行ったインタビューを届けたい。

夢を見たからこそ、いまの自分がある

ジェファーソン・ハック(以下、ハック) 夢というコンセプトについて伺います。あなたは自分自身をドリーマーだと思いますか。

ダニエル・アーシャム(以下、アーシャム) そうだと思います。夢や未来への予感というものは、若い頃は無自覚でしたが私にとってつねに重要なものでした。ニューヨークのクーパー・ユニオンでアートを学べたのも、最初はウェイティングリストで補欠合格だったが必死に願うことで受かったのだと思いますし、振付家のマース・カニングハムと何年も仕事をすることができたことが、その後の様々な未来の経験につながったと感じています。夢を見ていたから、そうしたことが実現したのだと思います。

「An Invitation To Dream(夢への招待状)」プロジェクトの様子

ハック あなたはスケッチ用のノートブックをつねにたくさんもっているそうですが、夢のメモやスケッチなども行っているようですね。

アーシャム そうですね。眠りにつく直前の5分から10分のあいだ、起きているのか寝ているのかが曖昧な状態で夢を見ているような状態になることがありますよね。明晰夢と呼ばれる状態です。そこで見ているヴィジョンの一部は意識的にコントロールできて、一部は潜在意識に支配されている。その現実と空想が混在する部分に面白いものが潜んでいると考えています。

ハック そのノートブックでの作業は、作品制作に影響を与えますか。

アーシャム ええ、確実に。例えば飛行機に乗っているときなど、眠っているか目覚めているかわからない瞬間がありますよね。時差ボケとも関係するのかもしれませんが。そんな曖昧な状態のときにアイデアを考え、メモをとり、ドローイングもします。そのようにノートブックと向き合う時間は、制作プロセスにおいて大きな位置を占めており、ノートブックを通して多くのことを進めようとします。

「An Invitation To Dream(夢への招待状)」プロジェクトの様子

ハック 潜在意識のようなものが、意識的な思考を再構成するのに影響を与えているということですよね。とても興味深いです。夢を見ながら、そこが自由な空間となり、アイデアを思いついたり、そのアイデアや自分の思考をスケッチしたりする。夢のなかで偏見などから離れ、物事を純粋に考え、とらえ直せるということですね。それが制作に影響を与えるのだと。

アーシャム 私にとってスタジオでのすべての作業は、作品をつくる過程に含まれると考えています。作品のアイデアはすでに過ぎ去ったものですから、アイデアを実行するというよりもそのかたちをとらえるような感覚です。例えば絵を描くこととは、そこにあるアイデアを見つけ、具体的なかたちとして画面に写し出す作業だと言えるかもしれません。

「An Invitation To Dream(夢への招待状)」プロジェクトの様子

ハック そのようなスタジオ作業において、ある種の気づきを得ることはありますか。

アーシャム 自分の作品において、そのアイデアの起源をたどるのが難しいと感じることがよくあります。色々なことが流れによってつながっていて、そこには反復もありますから。例えば最近、顔を分割したような新しい絵画シリーズを始めたのですが、最初に描いたのは、古代と現代をミックスしたようなアイデアを盛り込んだとても小さなスケッチだったと記憶しています。しかしながら、とてもダイレクトな線をペインティングに展開する表現の、起源がどこにあったのかは覚えていません。

ハック では、あなたの夢の世界に繰り返し現れるシンボルやモチーフありますか。

アーシャム 繰り返し見る夢は山ほどありますよ。そのうちのひとつに、高校生の頃から見ているものがあります。何もない景色のなかに木が一本だけ生えていて、空中にはシリンダーが浮かんでいるのですが、つかもうとするとシリンダーは縮んで鉛筆のようになり、そのまま消えてしまう。発熱時の夢のようなものです。その夢をよく見ますし、子供の頃の家の様子を追体験するような感覚になります。

「An Invitation To Dream(夢への招待状)」プロジェクトの様子

ハック その夢を見るとどのような気持ちになりますか。

アーシャム 子供の頃に戻るのは素晴らしいことです。当時住んでいた家のことを思い出すことがあるのですが、その家に30年以上入っていなくても、とても正確に間取り図を描くことができます。空間は私たちの心理に影響を与えるものなので、幼少期にはとても多くのことが刷り込まれるのだと思います。

ハック 子供の頃のあなたが育った家で、未来を夢見るあなたの少年時代を想像したくなります。アーティストの道を歩むにあたって、何がインスピレーションや自信を与えてくれましたか。

アーシャム 私が育った郊外では、どの家も文字通りに同じ間取りの同じような建物でした。10歳か11歳で祖父からカメラを譲り受け、写真に夢中になったのですが、最初の作品のひとつは、そうしたすべての家のドアを撮影したものです。家は同じであっても、ドアは違っていたからです。ペンキで塗られていたり、外に植木鉢が置かれていたり、十字架がかかっていたり、個性的にデコレーションされていたり。ほかの人が見ていない方法で何かを見ることはアーティストにとって大切ですが、ドアに何を見て撮影したかというプロセスに、その始まりがあったように思います。

「An Invitation To Dream(夢への招待状)」プロジェクトの様子

ハック そのエピソードが聞けてすごく嬉しいです。というのが、あなたは一定のフレームにとらわれずに世界を見ていると感じていたからです。現在のあなたの制作において、世界をどのように変化させられるかを考えることと、未解決の疑問に対してなんらかの答えを求めることの、どちらがモチベーションになっているのでしょう。

アーシャム 後者でしょう。アートをつくるということは、何かに対する答えを見つけることだと思います。

ハック 最後にふたつ質問があります。まず、これまでの経験や作品など、強烈な印象を得たものはありますか。

アーシャム 10歳から12歳のあいだくらいに、フロリダがハリケーンの被害に遭ったことがあります。当時住んでいた家は全壊してしまいましたが、壁紙や床のタイル、家具は変わったものの、家自体はハリケーン以前とまったく同じように再建されました。その過程で、建築がどのように進められるのかを見ることができました。家の構造や電線、配管、壁、ペンキなども含め、誰かの発想が別の誰かによってかたちになる過程を間近で見ることができた経験は、自分のあらゆる方面での思考に影響を与えました。何かが破壊され、再構築される。そこに新たなマテリアルが使われ、様々な可能性が試される。私の作品には、そのプロセスが色々なかたちで現れていると思います。

「An Invitation To Dream(夢への招待状)」プロジェクトの様子

ハック 素晴らしいエピソードです。最後の質問ですが、これまでに実現していない夢や野望はありますか。

アーシャム そうですね。映画は過去に何本かショートフィルムを撮ったことはありますが、まだ十分に試せていないジャンルだと思っています。それと最近だと、私は10年ほどまったくペインティングをつくってこなかったのですが、再び絵筆を握るようになりました。何がきっかけだったのか、自分がなぜ再び絵を描きたくなったのかはわかりません。しかし、絵を描くことがたんなるアートのための作業ではなく、自分の日常の一部となった。その変化がなぜ起こったのか、そこにすごく興味があるのです。

「An Invitation To Dream(夢への招待状)」プロジェクトの様子

編集部

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