2020.7.16

ポケモン初の現代美術プロジェクト。ダニエル・アーシャムが語る「Relics of Kanto Through Time」

今年2月、「1000年後の西暦 3020年にポケモンを発掘する」をテーマに掲げ、ポケモンとのアートプロジェクトを始動することを発表したアーティスト、ダニエル・アーシャム。世界のファッションブランドと数々のコラボレーションを手がけてきたアーシャムに、今回の大々的なプロジェクトについて、話を聞いた。

聞き手・文=原田真千子

「Relics of Kanto Through Time」展(NANZUKA、東京、2020)の展示風景
©2020 Pokémon. TM, ® Nintendo. ©Daniel Arsham Courtesy of NANZUKA
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100年の時を超えたタイムカプセル

 新型コロナウイルスのパンデミックにより、全米では3月中旬からロックダウンが始まった。そんななか、 Instagramに「ロックダウン明けの、最初の目的地は日本」と添えた1枚の写真がアップされた。なんとなく和風に整えられたコンソールテーブルの前に、1足のスニーカーと透明なスーツケースに入ったピカチュウがきちんとそろえて置かれている。投稿者は、ニューヨーク在住のアーティスト、ダニエル・アーシャムである。アーシャムは、彫刻、ドローイング、インスタレーション、パフォーマンスなどマルチメディアな表現手段を用いる。なかでも、「フィクションとしての考古学(Fictional Archeology)」というコンセプトにもとづき、カメラやラジカセ、バスケットボールから人体、ぬいぐるみなどに至る身近にあるものが1000年以上の時を経てかたちを変えていく様子を表現。あたかも未来の考古学者が発掘したかのような現代文明のかけらとして提示される彫刻作品が代表的だ。

 そんなアーシャムの最新コラボレーション、ポケモンとのプロジェクトがこの夏以降大々的に展開されるという。ポケモンと現代アーティストのコラボレーションは初の試みだ。彼の作品のなかには、バスケットボールやスニーカー、ブームボックスといった特定のポップカルチャー・アイコンも多く見受けられるが、近年、日本庭園や日本の伝統的な建築物を参照したようなインスタレーションなど、少し異なる作風の展開が目立っていた。例えば《Blue Gardient Zen Garden》(2017)は色も鮮やかで、侵食されたり退色したほかの作品群とは対照的な印象を受けるのだ。

2017年フラメンゴ公園(リオデジャネイロ)での《Blue Gradient Zen Garden》
Photo by James Law Courtesy of Daniel Arsham Studio

 「僕の妻は日本の血を引いていて、10年以上前に彼女と初めて日本を訪れました。京都で数週間過ごして、そこで受けた建築や風景の衝撃はその後の僕の作品や思考に深く影響しています。もっとも興味深かったことのひとつは、日本庭園の中の枯山水がいつ訪ねても同じ状態にあるという点でした。同じお寺に何度行ってもその庭の砂紋はつねに同じですが、実はそれはつくり直されていますよね。僧侶は定期的に庭の落葉や小枝、屑などをかき出し、それから砂紋をリセットする。そこには永続性と儚さについての考え方があり、その永久とつかの間という相対的な時間の感覚が、僕に語りかけてきました」。

 そして、アーシャムはこのような庭を、自身の作品やアイデアにとって興味深い、ある種の隠喩として見出したという。それを用いて行ったことのひとつに、これらの庭に色を加えて表現するという作品がある。

 「ブルーの庭は幾度かやって、それからピンククリスタルの庭をつくり、素材も特定のものに変更したりしました。砂紋や庭木においても、京都で撮影した写真をもとに造形したものです」。

 なるほど、色彩による印象さえ異なれど、庭園や建築の形態を明らさまになぞっているのは、その空間に流れる時間の概念を強調するためなのかもしれない。では、やはり時間の概念が鍵となる「フィクションとしての考古学」というコンセプトは、どのように着想されたのだろうか。クーパーユニオンで建築を学んだアーシャムは、商業スペースの設計や大掛かりなインスタレーションなどを行う建築家ユニット、スナーキテクチャーの共同設立者でもある。

 「フィクションとしての考古学という考えは、現代のオブジェを地質学的な素材に置き換えて未来に投影するというものです。例えるなら、未来に行ったとして、自分の人生、あるいは自分の文明の遺跡を見るようなものです。僕は子供の頃からずっと建築に興味があって、いまでも僕の実践のなかで大きな役割を持っています。建築をどのように改革し、それによって想定されていないことをどう実行させるかを考えるという点においても同様に大きな意味を持っています。これは展覧会を考えるときにも言えることです。人々がどのように展覧会を経験するのか。人々が会場内で、建築、光、空間を移動するのにかかる時間の尺が、展覧会を理解し経験するのにどのように影響を与えるのかを考えます」。

 ポケモンとのコラボレーションプロジェクト「Relics of Kanto Through Time」でも、フィクションとしての考古学にもとづき、侵食されたポケモンやポケモンカードなどをモチーフにした一連の新作を発表するアーシャムは、1980年生まれ。おそらくポケモン第1世代にあたるだろう。タイトルにあえて作中の地名である「カントー」と入れているあたり、当然馴染みがあるはずだ。

 「僕はポケモンとともに育ったと言えるでしょうね。子供の頃にはカードを集めていました。それにポケモンは僕の子供たちの時代にも存在していて、彼らもポケモンが大好きなんです。これはポケモンの普遍的な性質を物語っていて、本当に信じられないような想像の宇宙が僕や僕の子供たちのためにつくられているように感じています」。

ダニエル・アーシャム×ポケモン プリン(ピンク) 2020 ローズクォーツ、クリアクォーツ、石膏 62×66×53.3cm
©2020 Pokémon. TM, ® Nintendo. ©Daniel Arsham Courtesy of NANZUKA
ダニエル・アーシャム×ポケモン ピカチュウ(ホワイト) 2020 酸化アルミニウム、セレナイト、クリアクォーツ、石膏 75×49.5×38cm ©2020 Pokémon. TM, ® Nintendo. ©Daniel Arsham Courtesy of NANZUKA

 そんなポケモンとのコラボレーションは、アーシャムが数年前に手がけたピカチュウの彫刻をポケモンのスタッフが見つけたことがきっかけだったという。

 「今回のコラボレーションのあり方としては、いろんなポケモンを僕の素材で型取り、アーシャム・スタジオの言語に統合することによって、たんにポケモンを僕の世界に持ち込むという一面性にとどまらないようにしています。ピカチュウが彼の世界のなかで僕の作品を見つけるというアニメーションも協働し、その映像では、実際に僕が制作した未来で見つかる可能性がある形態の、侵食されたピカチュウの彫刻が登場します。お互いのプラットフォームで展開する、これはいわば2倍のコラボレーションのようでした。ポケモンと僕の世界がしっかり統合したことの表れなのです。これらの作品の舞台として“未来のカントー”は面白い場所だと思いました。作品のために選んだキャラクターは、もちろん僕が好きなものと、それからやはりアイコニックなものを選びました。ピカチュウ、ヒトカゲ、プリン──これらは僕がかつて共鳴したポケモンたちです」。 

 化石化し内部からクリスタルが見えるポケモンは、本来の色彩を失い、時を超えて変化しながら、私たち自身の存在にも問いかけてくるようだ。

 「ご存じの通りポケモンのゲームやアニメはとてもカラフルなので、彫刻のクオリティーのために作品では限定したパレットの色彩にとどめています。彼らから色を取り除くことは、彼らを僕の世界に持ち込むこと。さらに、見慣れた状態に変化を与えることに役立っています」。

ユニクロ UT 2020春夏「ダニエル・アーシャム×ポケモン」のスペシャルムービーより、ピカチュウがアーシャムの作品と出会う場面
©2020 Pokémon. TM, ® Nintendo. ©Daniel Arsham Special thanks to UNIQLO

 今回のアートプロジェクトの第1弾としては、ユニクロ UTとのコレクションが発売中だ。いくつかの予定されていたイベントが新型コロナウイルスの影響で延期しているが、6月にNANZUKAの個展で作品を発表。さらには8月にPARCO MUSEUM TOKYOで新作を加えた展覧会を開催、展開する。

 アーシャムがつくり出す、西暦3020年のカントーで発見されるポケモンたちは、1000年分の経年変化と、子供時代へのフラッシュバックで時相を操る、タイムカプセルのような存在かもしれない。

ダニエル・アーシャム