野沢裕の作品は、複数の時間・空間・偶然が重なり合うことで成り立っている。例えば、映像インスタレーション《cloth》で風にたなびく旗の映像が映写された黄色いスクリーンは、まさにその映像内でうねりを見せる旗の布地だ。いっぽう《li》では、天井近くまで伸びる不安定な棒の上に設置されたプロジェクターが、どこからともなく飛来し、絶妙なバランスで電柱の先端に留まる鳥の映像を壁に投影、鑑賞者は過去と現在が倒錯する感覚を得る。「風や鳥といった自然現象や予測できないできごとは、作品を形づくる大切な要素のひとつ」と野沢は話す。
KAYOKOYUKIにて5月21日から6月18日まで開催する個展「≠ -not equal」では、《cloth》を含む新作約10点を展示。「≠」とは絵に基づく象形文字のように、出品作品のひとつ《= 鳥 3》の外見がそのまま反映されたものだ。この作品は、写真に収められた電線の線、アクリル板の線、カメラを介さずに対象を感光させる「フォトグラム」の手法で写り込む影など、複数の線が重なる。「ここで使用したフィルムは、いまから10年ほど前に撮影したもの。まったく脈略のない過去と現在の事象や作品がつながることで、新たな作品が完成します」。
また本展において、これまでのように、野沢は様々な形態の作品を空間にいくつか配置することで展示を構成している。もとは絵画を学んでいた作家にとって、作品を点在させひとつの空間をつくることは、「絵具をキャンバスにのせていき、要素をレイヤー状に重ねていく感覚に近いのかもしれない」と言う。それは、空間全体を用いた風景画であり、いつか他の作品へと枝分かれする可能性を秘めた、未完の風景画だとも言えるのだろう。
(『美術手帖』2017年6月号「ART NAVI」より)