アーティストとの実験場
ヨーロッパ移住をきっかけに
2014年、東京の銀座にun petit GARAGEはオープンした。代表を務めるのは、現代美術コレクションについてのアドバイス事業、アートスペースのプロデュースなど、多岐にわたる活動を行ってきた山口裕美だ。
山口は、大学卒業後一般企業に就職。1980年代後半、家族の転勤を機にドイツに移住したことをきっかけに、フランクフルトを拠点にパリやロンドンの美術館やギャラリーを頻繁に訪れた。帰国後は美術評論家の千足伸行による西洋美術史の講座を受講。「渡欧してはじめて美術に興味を持ちましたが、日本に戻り、ヨーロッパの土壌がいかに豊かだったかを実感する日々でした」。卒業後は銀座のギャラリーでアルバイト。そこで、日本特有ともされる貸画廊のシステムを知る。「学生や若者たちが高い賃料を払い、展覧会終了後に作品が売れた場合にも、価格の半分近くがギャラリーの取り分となる。作家たちの置かれている搾取的な状況を改善するため、何かしなければならないと思ったんです」。
現代美術のチアリーダー
「現代美術のチアリーダー」とは、山口の活動を示すキーワードだ。観客よりも距離を近く、作家と同じフィールドで彼らを応援すること。そのきっかけのひとつとして、まずはアートライターとしての活動を開始した。インターネット黎明期の96年には、ウェブコンテンツ「TOKYO TRASH」をプロデュース。デジタル作品をブラウザで展開し、情報空間と実空間をつなぐ先進的な試みも行った。「ライターからスタートして、この頃から徐々にジャンルレスな存在になってきた気がします(笑)」。こうした実験的な取り組みは、現在のギャラリーの活動にも生かされている。un petit GARAGEでは、展示する作家とともにまずは戦略を練る。将来に残しておくべき大切なものや景色をテーマに絵画を手がける画家、笛田亜希の個展では、「作家として強い思い入れがあるにもかかわらず売れにくい作品を売る」という目標を設定。個展で最大の作品であり、井の頭公園で飼育されていたゾウを描いた絵画《はな子─運動場》を、タイ大使館に収めることに成功する。「様々な作品が売れていくなか、《はな子─運動場》は最後まで残ってしまった。はな子がタイで生まれたことを知り、大使館に手紙を書き、メールをしたところで先方から電話がきた。すごくうれしかったですね」。
作家とギャラリストの関係性
un petit Garageでは、古典的な絵画表現を静謐な写真、映像として作品化する小瀬村真美、繊細で臨場感のあるイラストレーションを描く今井トゥーンズ、目に見えない事象を親しみやすい動物のキャラクターへと変換した絵画、彫刻、インスタレーションを手がける石塚隆則など、若手から中堅まで、多彩な作家を紹介してきた。「可能なかぎり長い会期を設け、作品をたくさんの人に見てほしいです」。作家の中には、山口が審査員を務めてきた美術コンテストの受賞者たちも含まれる。「受賞後“よかったね”でハシゴを外すのではなく、彼らを叱咤激励していきたい。プロデューサーと作家は、運命共同体であるべきだと思っています」。
もっと聞きたい!
Q. 思い出の一品は?
森村泰昌さんがマリリン・モンローに扮したポートレイトが印刷された扇子です。コレクターのピーター・ノートンが毎年行う、チャリティプロジェクト「クリスマス・アート・プロジェクト」でつくられたこの作品は非売品。プレゼントとしていただいた思い出深い作品です。
Q. ギャラリー一押しの作家は?
「記憶のケイショウ」をテーマに、歴史や社会問題に根ざした絵画を制作する平川恒太です、作品の新規性はもちろん、真面目に丁寧に物事に取り組む姿勢に感心します。落ち着き、向上心、社交性のバランスも、この年代のアーティストの中ではピカイチだと思います。
(『美術手帖』2017年4月号「ART NAVI」より)