アートはポスターなどのコンパクトに梱包できるものや、分解、組み立てできるものを除いて、一般的に輸送時に大きな環境負荷を与える。1999年の日本におけるフランス年の際、ルーヴル美術館から東京国立博物館に貸与されたドラクロワの《民衆を導く自由の女神》は画面が縦横3メートル前後の大作とあって、専用の大型貨物機を使って日本に輸送されたこともニュースとなった。
美術品は一つひとつに特別な梱包が必要であり、それがアート業界でも運送業界でも通例となっている。しかし、アーティストやアートが社会を映す存在として、自ずと作品を通して差し迫る地球の気候変動に対する問いを投げかけているなか、アートを扱う機関にとっても、アート作品と破綻のないように環境負荷をかけないことは喫緊の課題だ。
ロンドンのテート美術館は2007年から美術館のすべての活動によって排出される二酸化炭素の量を計測し始めている。こうした時代の機運もあり、2020年にはロンドンのコマーシャルギャラリーのオーナーたちが気候変動に対する行動を起こすためのギャラリー気候連合(Gallery Climate Coalition)を立ち上げている。展覧会にともなう物資の輸送だけでなく、コレクターへの作品輸送が多いコマーシャルギャラリーで、地球温暖化対策について知識を共有し、できることから温暖化対策を始めようという取り組みだ。
なかでも、スイス出身のアイワン・ワースとマニュエラ・ワース夫妻が1992年に創設したギャラリーのハウザー&ワース(Hauser&Wirth)は、いまではチューリッヒ、ニューヨーク、ロンドン、パリ、モナコ、香港に20のスペースを擁し、そのスケールから二酸化炭素の排出量も無視できない。創設者のワース夫妻は、かねてより環境活動を支援するサポーターとして多くのチャリティ団体に関わってきた。2014年には、牧歌的なイギリス南西部の田園地域、サマーセットに農地を取得し、住みかとギャラリーを設け、自然に囲まれ、畑を持ち、環境負荷を抑えた暮らしを実践してきた。そうしたなかで自らが生業とするギャラリー活動を持続可能なものに近づけたいという思いはおのずと生まれた。2021年、ギャラリーとしてはまだ少ないサステイナビリティ担当の責任者、グローバルヘッド・オブ・エンバイロンメンタル・サステイナビリティというポジションを設けた。