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2022.2.20

批評は生き延びる必要がある。美術評論家連盟新会長・四方幸子インタビュー

前会長の辞任を受けて、今年1月1日付で美術評論家連盟の新会長に就任した四方幸子。メディア・アートを背景とする四方は連盟をどう率い、何を目指すのか?

聞き手=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

四方幸子

──昨年12月に美術評論家連盟から次期会長決定の発表があり、そこから1ヶ月も経たないうちに就任となりました。まずは就任にいたった経緯を教えていただけますか? 

 会長を務めていた林(道郎)さんが突然辞任され、予定外で急遽、次期会長を決める必要が出ました。連盟の規約に沿って会長選挙を行うことになり、会員全員に自薦他薦を問わず候補者2名を挙げるよう連絡があったんです。私は他の方々を挙げたのですが、後日、推薦された人のなかに入っていたとの連絡があり、候補を受諾するかどうかを問われました。3日間ほどの猶予があって、悩んだ末──自分が会長になることはありえないと思っていたのですが、誰も受けない可能性もあると思い──最後の砦として受諾しました。かなり多くの方のお名前が挙がっていたのですが、最終的に立候補したのは私を含めて2名でした。会長候補としての所信表明を書いたうえで投票があり、結果的に私が選ばれました。その後、11月28日の総会での承認を経て、最終的に決定したというかたちです。

──所信にはどのようなことを書かれたのでしょうか?

 情報の透明化と連盟内外のコミュニケーションの活性化についてまず書きました。2021年度の美術評論家連盟の厳しい状況──アーツ前橋の作品紛失に関する意見とその撤回や、前会長の辞任などがあり、そこから前向きに改善したかったのです。連盟の最も重要な活動である美術評論の社会的な意義を確認し、外に発信していきたいということも書きましたね。また連盟の会員には大学教員やキュレーターが多いのですが、専任やインディペンデントなど立場は様々で、世代や分野も幅広く、相互にコミュニケーションがない状況にあるので、そこを活性化していきたいと。微力ではありますが、会員の皆さんとともに美術界、美術評論、そして連盟のために少しでもお役に立ちたいと。

──「連盟内外のコミュニケーション」というと、連盟外の組織との連携などの可能性も?

 ただ優先順位があるとすれば、連盟内のコミュニケーションをしっかりとつくっていくことが最優先です。そのために、連盟のなかでの社会的意義、批評の意義をちゃんと確認していくことも必要でしょう。まずは自分たちの基礎をつくったうえで、他とコミュニケーションや共同作業をしたい。いまその前の段階ですね。

──我々のようなアートメディアにもその責任の一端はあると思うんですが、美術業界全体で批評の力が相対的に弱体化しているという指摘がありますね。そのなかで、連盟としては今後どのように役割を果たしていくことができるのでしょうか?

 ここ数年、全世界的に様々な問題が噴出してきたと思っています。近代的なシステムが21世紀になり揺らいできていること、いわゆる「人新世」の時代に突入したこと、そして2020年以降の新型コロナウイルス感染症の状況がそれを加速化しています。そのなかで、人間中心主義的ではない世界観が重要になってきているわけです。ジェンダーや人種、経済的状況の不均衡の問題も、より強く出てきています。日本では公立美術館において、行政主導型で専門家としての権限が確立されていないという構造的問題があり、たとえば「あいちトリエンナーレ 2019」で起きた問題もこのこと無関係ではないと思います。また、美術館や芸術祭、大学など様々な場所で働く美術関係者──アーティストだけでなく、評論家やキュレーターをはじめとする様々な人々──の不安定な雇用の問題もある。しかし現在これらの問題にも当事者から声が上がり、光が当たりつつあります。これまでの価値観が揺らいでいるんです。そうした状況を踏まえて、連盟や批評も時代に合うように検討していく必要がある。それが私のミッションだと思っています。

 じつは2019年春に、連盟の2020年度のシンポジウムの実行委員長に任命されたとき、そのような問題をテーマにしていました。準備を始めた矢先、あいトリ2019で問題が出て、続いて新型コロナウイルスによる感染症が猛威を振るい始めて、シンポジウムのテーマがより現実的なものとして迫ってきました。会場は、美術に興味をもつ様々な人が立ち寄りやすい渋谷のEDGEofにして、来場者との交流パーティも計画していたのですが、コロナ禍の状況をかんがみ急遽オンライン開催に変更、2020年5月にSUPER DOMMUNEとの共同開催で実施しました。結果的に広範囲の方々にご覧いただき、ライブ配信で16,000ビュー以上を獲得しました。現在もアーカイブ(2020年度美術評論家連盟シンポジウム「文化/地殻/変動訪れつつある世界とそのあとに来る芸術」)を公開しています。

 またあいトリ問題の只中の時期、2019年秋にはドイツのAICA(国際美術評論家連盟)国際総会に出向き、美術や美術評論がグローバルで直面している問題を共有し、AICA総裁や、AICAドイツ会長兼大会委員長をはじめ多くの関係者と交流することができました(四方幸子「ポピュリズムとナショナリズムの時代における美術評論」はどうあるべきか? 第52回国際美術評論家連盟国際会議レポート)。

──批評の意義を再確認するために、四方さんのなかで具体的なお考えはありますか?

 まず会員内で課題や批評の意義をヒアリングできないかと思います。皆さんの意見を聞いたうえで話す場をつくるとか、会員全体で情報共有できるシステムを採用するなど、なんらかのかたちでそれぞれの考える批評のあり方や多様な活動を知っていけないかと。

 批評とは美術の動向や展覧会などに沿ったテキストだけでなく、展覧会やプロジェクトの企画、実施という行為も含まれます。言葉に限らず多様化している。そして一方向的なものというより、意見を述べることで対話を活性化することが批評にとって一番重要な側面だと思います。それも含めて、批評の同時代性と可能性を考えていきたいですね。

──ヒアリングもそうですが、批評についての公開イベントなど、批評を外に開いていくことも大事ですね。

 コロナ禍でオンライン化が進んだことで、できることが広がったと思います。オンラインを生かした公開イベントなどができればいいですね。『会報』も変えたいんです。いまはウェブで年1回の刊行ですが、以前の紙メディアの構成を踏襲した状態なので、ウェブの特性を生かしたものにアップデートする時期ではと。個人的には会報に加えて、より気軽に情報を更新できるシステムを採用して発信を活発化できないかと思います。連盟は美術評論やキュレーションの人材の宝庫ともいえますし、トークや講座を開催したり、可能であれば有料コンテンツにして活動費に当てるなど、オンラインを活用する方向に少しでも進めばと。もっとインタラクティブに、もっとオープンにしていきたい、もちろん対面のよさも自覚しつ活動していければと思っています。

──オンラインに移行することで海外ともさらにつながることができます。

 日本は言語の問題もあり、これまで国内に閉じがちで、連盟の国際大会への参加は、会長、常任委員を含めてほとんどされて来ませんでした。ただAICA本部(パリ)はとくにコロナ禍後にオンライン化を急速に進めていて、世界中から参加可能な会議が増えています。国や距離を超えて、コミュニケーションが活性化している。ガラパゴス化しているギャップを埋めて、海外とのコミュニケーションや海外発信を活発化していく時期だと感じています。

──できていないことがあるからこそポテンシャルはあると。

 批評はみんなでつくっていくもので、それには対話が必要だと思っています。美術や作品のあり方は全体的に動的になってきていて、状況に応じて柔軟に対応していくことが大事です。私が背景としているメディア・アートでは、フラットなコミュニケーションやコラボレーションが重要ですが、インターネットが身近になった現在、美術も含んだ社会全体が、既存の境界を超えてダイナミックな関係性へとますますシフトしています。

──四方さんが連盟に入られたのが2014年。連盟に対してはどういうイメージをお持ちだったのでしょうか?

 1982年にヨーゼフ・ボイスの存在を知ることをきっかけに現代美術に入り、ボイスに通じる「情報のフロー」というアプローチの重要さを感じ、1990年当時実験場であったメディア・アートの世界に入りました。以後「情報のフロー」をデジタルに加えて水、人、動植物、気象など様々な事象へと拡張しながらキュレーションや批評をしています。美術を独学したことと、実験的なメディア・アートに長年かかわってきた自分にとっては、長年連盟はアカデミックで敷居が高い印象があり、別世界と思っていました。その後会員である知人から誘っていただき、入会しました。 

 ただ一般の方々は「美術評論」と言われてもピンとこない。連盟の存在も知られていない。知っていても、検閲など美術に関する問題が出た場合に意見を出す団体というイメージでしょうか。そのうえ、冒頭でお伝えした昨年の問題があり、連盟のイメージが大きく損なわれました(*)。その意味でいまは逆境にあるといえます。社会自体が大きな転換期でもある。そこをどうやって乗り越えていくか。ヘルダーリンの言葉を借りれば、「だが、危機のあるところ、救いとなるものもまた育つ」。危機は変革のチャンスでもある。いまこそ「いや、批評には意味がある」ということを発信していく必要があります。

 美術には批評性が重要であって、評論家はアートや文化全般、社会に対して批評を発信していくことで、未来に向けて新たな価値や解釈を提示することができます。潜在的な可能性を見い出すこともできる。批評がないと、人類も世界も進歩しないと思います。批評は近代以降に生まれたものですが、近代以降に生まれた様々なものやシステムがほつれを見せているなかで、批評はやはり生き延びる必要があると思います。近代の産物でありながら、近代や近代性自体に自己言及的に切り込むことができる唯一のもの、それが批評です。省察、哲学、倫理、そして他者への想像力に根ざしている批評は、人類が獲得したかけがえのないものではないでしょうか。

──四方さんは連盟史上初の女性会長ですが、これについてはどのように受け止められていますか?

 60数年の歴史で初めての女性会長ということで、連盟が変わろうとしているんだとアピールすることにはなると思います。ただ本質的に男性・女性とは関係なく、ビジョンとやっていくことで判断していただければと思っています。私は、連盟内外において、ジェンダー、セクシュアリティだけでなく、多様なアイデンティティを持つ人たちがそれぞれを生かしあえるような社会をめざしています。

──連盟が世界の批評とつながる窓口となることも期待したいです。

 そうしなければいけないですよね。「会報」は以前、日英で出ていたとのことです。また戻せるといいのですが。あとは過去の批評の翻訳も行えるといいですね。実現は簡単ではなさそうですが。翻訳に限らず、AICA本部や支部ともコミュニケーションを活性化していければ。任期中(2020年1月〜2025年12月)に土壌を開き、種をまくことだけでもできればいいなと思っています。

──新しい連盟への第一歩ということですね。

 そうですね。いま美術と言っても扱う領域は広範になっています。いろんなものがテーマや素材になりうる状況で、美術と人類学、民俗学、考古学、そして科学の諸領域などとの分野を超えた対話やコラボレーションが始まっている。評論家としても、その動向を読み取って、他の分野とのコミュニケーションを活性化できないかと思っています。

 とはいえ美術評論家連盟は、あくまで個人の集合体であり、規模も小さく(現時点で200名弱)予算や人的資源に限界があります。無理をせず、いまの時代に沿った変更や調整から始めていきます。どうぞよろしくお願いいたします。

*──対応について常任委員会でWGをつくり、共同意見の発表方法については「共同意見の発表に関する規定」を2021年11月の総会で承認され2022年2月にサイトで公開。2020年から取り組んでいた「ハラスメント防止のためのガイドライン」も2021年11月の総会で承認された。

・2022年1月19日、美術出版社にて取材
・新会長としての挨拶文を、2022年1月22日に公開された美術評論家連盟『会報』22号に寄稿