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2021.7.23

コロナ禍はアーティストの表現の自由にどう影響したのか? 「Artists at Risk Connection」のディレクターらに聞く

新型コロナウイルスの感染拡大や権威主義政権の台頭により、アーティストの芸術的表現の自由はますます危機的状況に陥っている。表現の自由の権利を保護し、世界中のアーティストを支援するために立ち上げられたプロジェクト「Artists at Risk Connection」(ARC)のディレクターらに、アジアのアーティストの現状や近年の検閲事件について話を聞いた。

聞き手・文=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

「Artists at Risk Connection」のプロジェクト、「A Safety Guide for Artists」の表紙
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 芸術的表現の自由の権利を保護し、世界中のアーティストや文化的専門家が安心して生活し、活動できるようにすることを目的に、非営利団体・PENアメリカは2017年に「Artists at Risk Connection」(ARC)プロジェクトを立ち上げた。

 このプロジェクトでは、グローバルなネットワークを利用して表現の自由が侵されているアーティストと人権団体や芸術団体など様々な支援組織をつなぐことで、設立以来、63ヶ国の300人以上のアーティストや専門家に緊急資金や緊急移住、法的支援などの支援を提供してきた。

 コロナ禍や世界各国で深刻になっている検閲の脅威やアジア地域のアーティストに対する表現の自由の危機に関する注意を喚起し、解決案を探るために、同プロジェクトは先月、調査報告書を発表。表現の自由においてアジアのアーティストの現状や、近年アジアの国々で起きた検閲事件、そして美術館の自己検閲などについて、ARCのディレクター、ジュリー・トレボーとアジア地域代表のマノイナ・イェルリに話を聞いた。

コロナ禍によって侵蝕される表現の自由と自己検閲の風潮

──まず、「Artists at Risk Connection」(ARC)設立の背景についてお聞かせください。

ジュリー・トレボー(以下、トレボー) 私たちはPENアメリカのプロジェクトです。PENアメリカはほかのPENセンターと同様、表現の自由と平和に創作する権利のために約100年にわたって戦ってきました。

ジュリー・トレボー

 ARCのミッションは、作家だけでなく、音楽家、映像作家、ダンサー、画家、パフォーマンス・アーティスト、さらにはギャラリスト、美術館のディレクター、キュレーター、プロデューサーなどの文化的専門家など、あらゆる分野の“アーティスト”を対象としています。私たちの目標は芸術的自由の権利を守り、アーティストたちが世界中で安心して活動し、生活できるようにすることです。

 作家やジャーナリストと同じように、アーティストも暴力や検閲などの抑圧の対象になることが多い。2020年だけでも、89の国やオンラインスペースでアーティストの権利が侵害されたケースを789件も記録しました。そのうち17人のアーティストが殺害され、82人が投獄され、133人が拘留されています。

 私たちはレジデンスのような直接的なリソースや資金を持っているわけではありませんが、アーティストと支援組織をつなぐ役割を果たしています。どこがサポートしてくれるのか、実際にどの組織がリスクのあるアーティストのためのアシスタントを用意しているのか、といった情報を入手するのはとても難しい。そのため、私たちが最初に考えたのは、こうした情報をひとつのウェブサイトに集約するということでした。リスクに応じて、緊急移転や緊急助成、デジタルセーフティトレーニング、言語クラス、法的支援など様々な支援を行うことで、私たちは少なくともこのふたつの世界の橋渡しをしようとしています。

 ARCが主に支援しているのは、新進のアーティストたちです。彼らの多くは非常に困難な状況に置かれており、アートの世界はおそらくすぐに支援できないでしょう。私たちは、彼らが直面している問題を可視化し、声を上げることに取り組んでいます。

──検閲や表現の自由という点で、世界中のアーティストが直面している状況はARCの設立以来、どのように変化したのでしょうか? 良くなっているのか、それとも悪くなっているのでしょうか?

トレボー 残念ながら悪くなっています。私は直接支援したアーティストのリストをつくっていまが、そのリストは現在、2017年と比較して3倍になっています。つまり、私たちが支援した年間の人数はほぼ3倍になっているのです。

 2017年以降、私たちは63ヶ国から集まった300人以上のアーティストを支援してきました。彼らがもっとも必要としているのは経済的な緊急支援です。しかしそうした支援ができる団体はそれほど多くないため、我々が支援を集め、問題緩和に努めています。

 そしてもうひとつの重要なことは、アーティストの緊急移住です。移住を必要としているアーティストの大半はできるだけ家族から離れないため、近隣諸国への移住を希望しています。彼らがリスクに直面したときには直ちに支援が必要であり、あまり長くは待てません。しかし国際機関による緊急プログラムはほとんどないため、私たちは地元や地域のネットワークを強化することで、効率的に支援できるようにしています。

 さらに、新型コロナウイルスの感染拡大は急激な変化をもたらしました。国境の閉鎖に伴い、(緊急移転を求めている)アーティストたちは自国または第三国で立ち往生してしまい、彼らを保護するための工夫も必要となったのです。

──コロナ禍がアーティストの表現の自由に与える影響についてはどうでしょうか?

トレボー 権威主義体制の台頭や武力紛争の拡大の際に、アーティストは真っ先に政府による暴力や脅迫の標的となります。新型コロナウイルスの感染拡大により、これらの脅威はさらに悪化しています。

 世界中の権威主義政権が健康危機を利用して、芸術表現の制限を強化したり、偽情報を流すという名目でアーティストを犯罪者に仕立て上げたりしています。政府がウイルスの蔓延を食い止められないことについて発言するアーティストは、国境閉鎖や渡航制限によって移動が制限されているあいだに攻撃されるかもしれません。

 2020年にはもっとも多くの支援要請がありました。例えば、プッシー・ライオットが新型コロナウイルスによる規制で逮捕されたようなケースも見られました。ベラルーシやミャンマー、キューバでも危機に対する政府の不始末を告発したアーティストが逮捕されたことがあります。

 しかし、権威主義的な体制や独裁政権だけではなく、民主主義国についても同じなのです。インドやブラジルでも多くの人々が過酷な弾圧に立ち向かっています。

 そして何よりパンデミックがアーティストに与えたもっとも大きな影響は、経済的な問題です。アーティストはコロナ禍で仕事を大量に失ってしまい、すぐに状況が改善するとは思えません。

 コロナ禍のあいだ、私たちは活動の軸足を変えながら、ガイドもつくりました。これは、危険にさらされているアーティストのための最初の包括的な安全ガイドです。私たちは13人のアーティストに綿密なインタビューを行い、パンデミックとその影響について調査してきました。

──先月、ARCは「Arresting Art:Repression, Censorship, and Artistic Freedom in Asia」を発表しました。なぜこの時期にこのような出版物を出したのでしょうか?

マノイナ・イェルリ(以下、イェルリ) この出版物は、2020年12月にリスクに直面したアーティストたちに参加してもらったバーチャルワークショップで得られた主要な知見をまとめたものです。私たちは文化、人権、法律などの分野を超えて、約30人の関係者を招待しました。この出版物では、検閲や言論の自由など様々なテーマに触れており、とくに南アジア、東南アジア、東アジアでの知見が非常に多くまとまっています。

マノイナ・イェルリ

 このように、アジア各地の様々な事例を集約することは、ある意味で非常に興味深いことでした。アジアは非常に豊かな国で、多様性に富んでいますが、検閲の傾向や不安の傾向は非常に似通っています。

──アジアのアーティストの状況は、ほかの地域のアーティストに比べてより危機的だと思いますか?

イェルリ 正直なところ、状況は非常に相対的なものだと思います。アジアでは、アーティストが自由に表現したり、コミュニケーションをとったりできる物理的、デジタル的なスペースが失われつつあるという傾向があります。私たちがもっとも懸念しているのは、脅されているにもかかわらず、アーティストたちは人権団体から適切なサポートを受けることができない、ということです。私たちにとって、彼らの主張を届け、その利益を守り、懸念を広げるために何ができるかということが重要なのです。

──近年、アジアで起きている検閲事件をどのようにとらえていますか?例えば、香港の「国家安全法」の影響や、日本の「あいちトリエンナーレ2019」での「表現の不自由展」などです。

イェルリ アジアの多くの国では、その検閲の形態は、法律もしくはコミュニティによる制裁によって裏付けられます。例えば、香港の国家安全保障法や、バングラデシュのデジタルセキュリティ法などは、法による検閲の例です。これらの法律は、国の主権を守るために制定されていますが、国家の安全保障にとって危険なものとは何かという定義が非常に曖昧です。あいちトリエンナーレでの反発は、コミュニティから生まれた検閲でした。そのような検閲の多くは、文化や社会的、経済的、政治的な情勢に左右されます。

 そしてもうひとつ、言及しておきたいのが自己検閲です。私たちが取り組んでいる事例では、社会的に追放されたり、コミュニケーションがとれなくなったりすることを避けるため、リスクよりも安全性を意識的に選択するアーティストがいます。これは、宗教的な問題やジェンダーなど多くのことと関連していますが、コミュニティに支えられ、国家や非国家の要因による検閲と同様に、自己検閲も、それを理解して回避するためにもっと注目されるべき問題です。

「Arresting Art:Repression, Censorship, and Artistic Freedom in Asia」の表紙

──たしかに、例えば香港などでは美術館などの機関による自己検閲も懸念事項となっています。

トレボー 美術館による自己検閲は現実的な問題です。アメリカでは、アートセンターのような組織が、複雑なテーマや展示を敬遠し、自己検閲をしています。美術館の役割は、複雑な内容を発信し、それについて議論するためのプラットフォームを提供することだと思います。しかし、多くの美術館は観客の反応を恐れ、それを怠っているのではないでしょうか。

 アメリカの場合、自己検閲問題は資金調達に深く関連していると思います。ヨーロッパや日本もそうですが、芸術文化組織やPENのようなNGOのほとんどは公的資金に支えられているため、できるだけ多くの資金を集める必要があります。また、創設者や理事会の意向も大きな影響を与えます。コミュニティや創設者から良くないと思われたり、ポジティブに見られないようなものを壁にかけることを恐れるような自己検閲がよくある。しかも、そのような自己検閲のほとんどは美術館の内部で行われるため、表に出ているのは氷山の一角にすぎないと思います。芸術文化機関は一般の人々を教育するというような使命を持っているので、このような問題を敬遠せずにもっと取り組むべきだと思います。

 また、ソーシャルメディアも現在、新たなアートの検閲者となっています。アーティストにとって、Instagramは自分の作品を発表するための重要なプラットフォームです。しかし、プラットフォームがアカウントを停止した場合、上訴の方法もあまりありません。

 パンデミックのなかで、私たちは他の7つの団体と協力して、「Don't Delete Art」というプロジェクトをスタートしました。これは、アーティストがオンラインでの検閲、とくにソーシャルメディアなどのプラットフォームを通じた検閲について理解し、それを回避するための新しいリソースです。

──最後に、ARCの今後の活動について聞かせてください。

トレボー 具体的には、「Arresting Art」での提言を現実のものにする予定です。どうすれば状況を変えることができるのか、アーティストのために可視性やリソースを提供することができるのか、といったことに真剣に取り組んでいます。

 私たちは現在、さきほどお伝えしたアーティストのための安全ガイドに基づいたトレーニングを開発しています。それは、アーティストにどのようなリスクがあるのか、何かあったときにどうすればいいのかというサバイバル術を教える一連のトレーニングです。いまでは脅威の大半がオンラインスペースで行われているため、私たちはアーティストがデジタルスペースで身を守る方法を理解するためのデジタルセーフティートレーニングも実施しています。

 また、私たちはアジアの多くのアーティストと協力して、アジアにおける芸術の自由やその役割、検閲などについてのポッドキャストを開発しており、各国の状況に光を当てようとしています。現地のパートナーと一緒に、そのような特定のテーマを扱う新しいシリーズの開発も考えています。