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芸術の自由をどう守るか? 具体的アクションを解説した「検閲回避完全マニュアル」

雑誌『美術手帖』の貴重なバックナンバー記事を公開。本記事では、2020年4月号の「『表現の自由』とは何か?」特集より、表現規制に対抗するための心構えや実践を近年の国際的な事例とともに記した全米反検閲連盟によるガイドライン「検閲回避完全マニュアル」を掲載する。

全米反検閲連盟(NCAC)=編 荻野幸太郎(NPO法人うぐいすリボン)+志田陽子(憲法学)=解説 今野綾花=構成 unpis=イラストレーション

イラストレーション:unpis

「あいちトリエンナーレ2019」で起きた「表現の不自由展・その後」の展示中止をめぐる一連の動きを契機に、表現の自由に対する関心はいっそう高まっている。そのいっぽう、表現への抑圧は依然として続いており、状況がより複雑化しているのもまた事実だ。

 2020年4月の雑誌『美術手帖』緊急特集「『表現の自由』とは何か?」に掲載された本稿では、表現規制に対抗するための心構えや手段を実践的に記したマニュアルを紹介している。作成した全米反検閲連盟は、表現の自由を守るために活動する全米でも唯一の運動体で、幅広い分野の50の団体によって構成されている。

 本記事を読むと、表現規制との向き合い方は、私たちが芸術に向き合う態度そのものと通底することがわかるだろう。新型コロナウイルスの影響下で芸術が新たな課題に直面している今日、「芸術の自由」を再考したい。

 なお、本記事を含む全米反検閲連盟によるマニュアルは、2020年8月に「芸術の自由マニュアル / 芸術の検閲マニュアル」として、NPO法人うぐいすリボンにより邦訳版の全文が公開されている。

検閲回避完全マニュアル

 全米反検閲連盟(NCAC)のスヴェトラーナ・ミンチェヴァが作成した、表現規制に対抗するための心構えを7項目の具体的アクションで伝えるガイドライン。その概要を、邦訳版作成を担当するNPO法人うぐいすリボン理事・荻野幸太郎と憲法学者・志田陽子による、日本国内の状況に合わせた解説を交えて紹介する。

※日本国内における定義とは異なるが、本記事においてはNCACでの表記にならい、表現の自由を制限する行為すべてを「検閲」とする。
※この記事は、全米反検閲連盟による『A Manual for Art Freedom』『A Manual for Art Censorship』邦訳版をもとに編集を加え構成したものです。

イントロダクション

 スヴェトラーナ・ミンチェバ=文

 芸術の自由は芸術家だけの問題ではありません。
 検閲の標的となるのはアーティストであるように見えますが、実際には観客と文化全般が標的になるのです。
 歴史を振り返れば、検閲の標的にされた詩人、作曲家、芸術家の多くは、執筆、作曲、絵画制作を続けましたが、その同時代人たちは、それらの作品を見たり聴いたりすることはまったくできませんでした。

 芸術的自由とは、イメージやアイデアにふれる機会が開かれていることに関する事柄です。あるいは、通りを歩き回ったり、美術の展示会に足を踏み入れたりした際に、驚いたり、場合によっては気持ちが動揺したり、少し違った考え方をするようになったり、受け入れてきた意見の限界を突破することを可能にするものに直面したりする可能性が開かれていることに関する事柄です。
 そして、こうしたことは確かに、宗教的なものであるか政治的なものであるかを問わず、ひたすら覚え込むものであるような「教義 dogma」にとっては危険なものです。そのため、検閲者は、右派からも左派からも中道派からもやむことなく現れ続け、人々の想像力をコントロールしようとし続けるのです。

 検閲者はつねに新しくクリエイティブな手法や口実を見つけ出しますから、これに反対する人たちも、それに見合う対抗手法を講じなくてはなりません。
 高度に発達した民主主義社会において公的な言説をコントロールするために用いられる偽装された表現規制の手法の数々と比較すると、古いスタイルの強権的な検閲は粗野に過ぎ、むしろ逆効果でさえあります。

 強権的な手法は、表現の自由の殉教者と英雄、例えば、ガリレオや、ソルジェニーツィンや、ハヴェルや、艾未未(アイ・ウェイウェイ)や、プッシー・ライオットなどを生み出します。いっぽう、民主主義社会においては、アーティストの戦いはもっと複雑で、あまり英雄的ではないものになります。

 需要があるという思い付きと、ふれるもの全てを金に変えるミダス王の手があれば、芸術の流通と受容は、思いのままに─しかし人目につかないかたちで─コントロール(制御)することができます。
 これに加えて、道徳的な怒りに基づいて規制を求める声や、ジョン・スチュアート・ミルが「多数者の専制」と呼んだものが、いつの時代にも存在します。
 しかし、創造の自由を制約するものは、外からの力だけではありません。インターネットは、共鳴のエコーだけが聞こえる閉鎖的な言論空間(エコーチャンバー)を強固なものにしてきましたが、この割合新しい空間は、右派・左派の双方にあります。こうした言論空間のなかでは、同胞によるコントロールと、異論を唱える者を排除するメカニズムが確立されており、そこで自由に想像力を働かせることは、はたから見るよりも危険を伴う行為です。

 NCACの芸術支援プロジェクト(AAP:Arts Advocacy Project)は2000年に開始されましたが、この時期はちょうど、1990年代に保守勢力から芸術への激しい攻撃があった際に言論の自由を掲げて戦った運動の多くが、活力を失っていた時期でした。
 今日では、AAPは、芸術の自由の問題に特化して全米レベルで活動する唯一の運動体になっています。
 AAPは活動や情報のリソースを提供するだけでなく、それらのハブとしても機能しています。AAPは、表には出ずに助言者の役割を果たすにせよ、あなたに代わって直接に介入するにせよ、あらゆる検閲事件においてあなた(芸術家)の味方です。

 このマニュアルにおいて、NCACは、芸術の自由を支えるために行ってきた長年の活動のなかで学んだ知見を共有できればと考えています。表現の自由のための戦いは、ひとつの組織が単独で達成できる課題ではありません。あなたの参加が必要です!

1 検閲の目的をはっきりさせる

イラストレーション:unpis

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