アングルの《グランド・オダリスク》の裸婦がゴリラのマスクをつけ、裸婦像が多く展示されているメトロポリタン美術館に怒りをぶつける。《メットに入るには、女性は裸にならねばならないの?》(1989)。この黄色のポスターで有名なゲリラ・ガールズは1985年に結成され、アート界の女性蔑視や現在のBlack Lives Matter 運動にも通じる黒人アーティストの差別的待遇の改善を求めて声を上げた。強烈かつ爽快なフェミニズムのアクティヴィストとして国際的な評価を得たのは、2人のスペイン女性が総合芸術監督を務めた2005年のヴェネチア・ビエンナーレでのことだ。アルセナーレの入り口を彼女たちは巨大バナーで飾り、ハリウッドのジェンダー格差、ブッシュ政権批判、ヴェネチアの重要な美術博物館の展示品に女性作家の作品がわずかしかなく、多くは地下倉庫に眠っていることを揶揄したポスターを制作した。衝撃的なイメージとメッセージを 伝えるビルボードやプラカードなどにも、つねに綿密に調査した統計数値、批評をもとにした明快でユーモアに富む提案がある。そんな彼女たちに、ゴリラをシンボルにした理由をたずねた。
「最初に集まったとき、美術界に自由の戦士が潜んでいることを知ってほしかったので、自分たちをゲリラ・ガールズと呼ぶことに決めました。長いあいだ、成人女性を幼稚っぽく『女の子(ガールズ)』と言う、軽蔑的なラベルを取り消したいとも思ったのです。まだマスクはない時期ですが、報道関係者に写真を求められ、メディア上で視覚的に存在する方法を見つけなければなかった。初期メンバーのひとりが『ゲリラ』を『ゴリラ』と誤ってつづったことをきっかけに、ジャングルに棲息するパワフルな動物として現れるのは、エスタブリッシュした芸術の内側に、より多くの恐れを引き起こす良い方法かもしれないと考えました。天啓でしたね。それ以来、ゴリラのマスクを被った私たちは、ゲリラ/ゴリラの詩とともにいます」。
トランプ政権と#MeToo運動
数年かけて準備された新著『Guerrilla Girls:The Art of Behaiving Badly』(2020)が、新型コロナウイルスの猛威のなか、出版された。ゴリラのマスクが付録についている。彼女たちの活動はトランプ政権下で急速に国際的な広がりを見せた。さかのぼれば、2000年以降、匿名の女性映画監督たちとの協力関係が深まり、ハリウッドやエンターテインメントの世界での批判活動が増え、アート界の#MeToo運動においても手厳しい。
「トランプ大統領が選挙に勝利した日から、私たちは彼の政権に抵抗してきました。トランプが新たな記念月間を発表したとき、その多様性を徐々にむしばむ危険性があると思い、例えば2月のアフリカ系アメリカ人歴史月間を、白人至上主義団体クー・クラックス・クラン月間に、6月のLGBTQプライド月間をゲイがいなくなること祈る月間に変換したポスターを、数多くのデモに持ち込みました。当時はちょっと馬鹿げていて、面白おかしく見えたのですが、その多くが実現してしまった現在、もはや悲劇性を帯びてしまっています。トランプがそれほど多くのものを分断させられるとは思っていなかったのです。
アート界の#MeToo運動では、悪業が公になった男性アーティストは仕事を失い、展覧会がキャンセルになりました。美術館はそうしたアーティストたちや作品にどう対処すべきか葛藤しています。セクシャル・ハラスメントで訴えられた、著名な肖像画家チャック・クローズ作《ビル・クリントン大統領の肖像》(1992)を例にして、3つの作品の説明を提案しました。①もし作品を寄贈した億万長者のトラスティ(理事)やコレクターとの関係を悪化させたくなければ、通常の内容以外は書かない。②作品の脇に作家の性的虐待を暴いた文章を掲載するのを悩んでいる美術館は、通常の作家の説明の後に、『多くのほかのアーティストと同様に、彼のスタッフの何人かは不平不満を口にしている』と加える。③ゲリラ・ガールズの助けを借りたい美術館は以下のように書く。『チャック・クローズは作品の価値に見合う膨大なキャリアを築き、モデルや良質の美術学校でスカウトした学生たちへの性的虐待で訴えられた。彼がビル・クリントンの公的肖像画を描いたのは、なんと適任でアイロニーに満ちていることか。アート界がこうした虐待に寛容なのは、芸術がそれらすべての上にあり、”天才”の白人男性アーティストにはルールが適用されないと信じているためだが、それは間違っている!』」。
アーティストそれぞれの多様な戦略と作品
ゲリラ・ガールズのメンバーは本名を使わず、亡くなった重要な女性作家の名前をアーティストネームにしている。創設メンバーの「フリーダ・カーロ」と「ケーテ・コルヴィッツ」、またアフリカ系アメリカ人の彫刻家「オーガスタ・サベージ」や2015年に亡くなった「久保田成子」もいる。これまで日本人のメンバーはいたのだろうか。新著の謝辞にはオノ・ヨーコの名前がある。
「私たちには多くの秘密があり、メンバーシップもそのひとつです。60名ほどのメンバーのなかには日本人もいました。メンバーを招待するようなシステムはなく、非常にカジュアルで、なんのルールもありません。新たな声やスキルが必要になったとき、ともに活動できて、私たちと活動したいという人を見つけます。オノ・ヨーコは、私たちの重要な支持者でした。彼女が09年に創設した芸術分野での私設の『勇気賞』を10年に授与してくれ、13年には彼女がキュレーターを務めたロンドンの『メルトダウン・フェスティバル』にも招待してくれました」。
ゲリラ・ガールズが1985年に結成されたのは、ニューヨーク近代美術館で国際性をうたった展覧会に女性や有色人種のアーティストの参加が10%以下だったことを契機にしている。こうした制度批判は70年代からドイツのハンス・ハーケがニューヨークを拠点として開始していた。複数人で匿名性を掲げ、批評にユーモアや風刺を交えて、ポスターやチラシなどを主要メディアに使うゲリラ・ガールズとは、手法と表現に異なる面があるが、ハーケの仕事をどう考えているのか。またゲリラ・ガールズは批判対象の市場原理から逸脱するために、複製可能な廉価な作品を用いて、市場価格に直結することを避けている。いっぽう、政治的・社会的メッセージを作品に込め、ストリートで活動する匿名のバンクシーは、市場価値が高まり、巨万の富を生んでいる。
「ハンス・ハーケの仕事が好きです。私たちはユーモア、突飛な視覚効果、観客に素早く伝達できる広告戦略を使いますが、ハーケは体系的な社会科学のリサーチを用いて、より時間のかかる読解が必要な作品を生み出します。文化施設を批判するには、両方の技術が大事だと思います。バンクシーには果てしない発明の才があります。彼は批判の対象であり、同時に利益を得られる美術市場とともに行動し、オークションで巨額の値で作品を販売して、自分の名前とブランドを活気づけます。若干の現金を手にすると、次なる野心的プロジェクトに使います。独創的かつ収集可能な作品制作は、彼が男性であることで、こうした分野でのある種の特権を享受していると言えます」。
ゲリラ・ガールズの結成と同時期に、フェミニズム科学論で知られるダナ・ハラウェイは「サイボーグ宣言」を出した。1989年に出版された『霊長類の見方(Primate Visions)』の10章には、日本ザルや日本霊長類学会に関する論説がある。ハラウェイの理論は韓国のイ・ブルや日本とアメリカで活躍するスプツニ子!など、サイボーグ的作品を制作する作家との関連で引用されるが、ハラウェイの理論をどう見ているのだろうか。また、いまだに女性の社会的な地位が向上せず、様々な統計で最下位レベルに甘んじている日本だが、ゲリラ・ガールズは、日本に対してはどのようなイメージを持っているのか。
「メンバーが多様なので、個々にはハラウェイの理論からの影響があると思いますが、一概に語るのは誤解を招くため、総合的にコメントするのは難しいです。私たちはつねに目と耳を開き、自らのグループとしての正義とフェアな感覚に従って行動していきたいと思っています。
日本に短期間行ったことはありますが、日本の女性の地位などについて明確な認識を得るには至っていません。日本におけるフェミニズムについてもっと知りたいので、何人かの専門家を紹介していただければ嬉しいです。今回のゲリラ・ガールズの倉敷での展覧会が、私たちの仕事に対するなんらかの関心を日本で引き起こしてくれることを願っています」。
ゲリラ/ゴリラの解放
昨年11月、ジェンダーと現代美術の関係について考えることを主旨として、ゲリラ・ガールズ展が倉敷市で開催された。「Reinventing the ”F”word : feminism!(「F」ワードの再解釈:フェミニズム!)」展は、倉敷芸術科学大学芸術学部の川上幸之介研究室が運営するEEEプロジェクトの一環で、その14回目に当たる。会場は同大学の「ZONE」とCafe & Bar KAG。広告デザインを手がけるクラビズ代表の秋葉優一が、研究室のプロジェクトに賛同し、本社ビル1階のCafe & Bar KAGを展示やトークの場として提供している。本展はカラフルな大型のポスターとして出力された視覚的にもインパクトの強い作品群と、映像作品2点の総数10点。政治色の濃い展覧会の開催は、勇気ある快挙と言わねばならない。反響の大きさに川上氏は驚いていた。トークは東京都現代美術館学芸員の崔敬華による「ジェンダーと現代アート」。同館で2020年に開催された「もつれるものたち」展に参加した韓国のミックスライスの元メンバー、ヤン・チョルモのセクシャル・ハラスメントに関連して、同館が作品展示にどう対処したかや、ウェブサイトにも掲載されているステートメントなどについてのリアルな言及があった。
筆者は東京でゲリラ・ガールズの展覧会ができないかと、ニューヨークで一度、お会いしたことがある。リサーチしていた際に、1996年にオオタファインアーツ(東京)で彼女たちの初期の5年間の作品による「The Guerrilla Girls Talk Back – The First Five Years 1985-1990」展が開催され、翌年、東京都現代美術館に寄贈されたことを知った。ギャラリストの大田秀則氏はいつか大勢の人に見てもらえることを期待して、東京都現代美術館に寄贈したが、展示されることはなかった。作品の存在さえ知らなかった旧・現学芸員が複数いる。同館でデジタル検索は2006年に開始したが、5000点以上の作品をすべて把握するのは困難で、彼女たちのポートフォリオはポスターのため、2次資料(模写、下絵、版、制作用具、作家の手紙、図書資料、パフォーマンスの記録映像)などに分類された。展示のための検索としては、死角に入ってしまった感がある。当時の状況を把握するために10人の方々に質問をした。快いご協力に感謝する。そして今回、大田氏に1996年の個展の背景を聞いた。
「嶋田美子さんから話を聞いたり、当時は美術と民主主義との関係に興味があり、ゲリラ・ガールズから3000ドルほどで30点のポートフォリオを直接購入して個展を開催しました。フェミニストという考えがいまだマイナーだったためか、ほかの展覧会より来廊者が少なかった。ゲリラ・ガールズが批判の対象として揶揄しているアメリカの事情を読み解くには、いまのように状況も共有化されていなかったからでしょう」。
日本でのゲリラ・ガールズの紹介は、『アート・アクティヴィズム』(1999)による北原恵の論評で、同展の案内はがきも掲載されている。ゲリラ・ガールズもこう語る。「オオタファインアーツで個展があったことは覚えていますが、作品が東京都現代美術館に寄贈されたことを知りませんでした。教えていただいたので、我々のデータをアップデートでき、感謝しています」。
最近は人種差別やセクシャル・マイノリティなどへの意識、とくに若者のあいだではジェンダーへの関心が高まっている。新たな認識と少なからぬ勇気を与えてくれるゲリラ・ガールズのこれらの作品を──現在に合わせてアップデートできたらもっと素敵だが──いまこそ展示に供していただけることを願っている。ゲリラ/ゴリラの解放を! 最後に彼女たちからのメッセージを紹介する。
「2021年にロンドンの『アートナイト』の催しに出品する、短編映像《男性の盗み食い(The Male Graze)》(ジェンダーの視点で美術史を解き明かす時に使われる”Gaze”視線という英語を”Graze”に変換)の制作に取り組んでいます。3分ほどの予告編をアップしています(*1) 。また最近、いくつかポッドキャストでトークも収録したので、ぜひ聞いてください(*2)」。
*1──予告編
*2──Call Your Girlfriend podcast, Great Women Artists Podcast
(『美術手帖』2021年2月号「ARTIST PICK UP」より)