ーーまずはクリスティーズ全体のお話からうかがいたいと思います。2018年上半期、クリスティーズは約4424億円という半期売上総額の史上最高額を樹立してます。世界的に堅調な業績ですね。
昨年はレオナルド・ダヴィンチの《サルバトール・ムンディ》(約508億円で落札)があり、今年はロックフェラー・コレクションが落札総額8億3257万3469ドル(約907.5億円)となるなど、大きなセールスがありました。これが大きな要因となっていることは明らかです。
ただそれ以前に、クリスティーズはビジネス自体が堅実なんです。査定も他社に比べるとややコンサバティブですしね。よくサザビーズは「貴族になりたいビジネスマン」で、クリスティーズは「ビジネスマンになりたい貴族」と言われるのですが、社風もそこはかとなくそういうところがありますね。
ーー「コンサバティブ」という言葉が出ましたが、いっぽうでクリスティーズはAIがつくった作品を世界で初めてオークションに出品するなど、画期的な動きも見せています。加えて、デジタルセールは上半期合計約128億円の売上総額を達成するなど、デジタル戦略への注力も顕著ですね。
デジタルへの対応はとても重要なことですね。ただいっぽうで面白い事象もあります。デジタル化が進むなか、分厚いオークションカタログはなくなるんじゃないかと言われていたことがありました。ところがこのカタログを欲しがる人はいまも多いんです。アートはそこに物体がある「3D」であり、物理的に手元に置きたいという欲求がある。カタログはその入り口として機能しているのかもしれません。
仰ったようなAI作品などに顕著ですが、クリスティーズは古いことと新しいことの両立が得意なんですね。そして、いかなるタイプの顧客にも対応できるように様々なスペシャリストたちがいるのです。
ーー山口さんも日本・東洋美術のスペシャリストですね。そこから日本法人の社長になったいま、ご自身の役割をどのように考えていますか?
スペシャリストの経験を生かさないと意味がないと思っています。スペシャリストとはそもそも、営業職と専門職の両方を兼ね備えた職種で、私は藤田美術館のコレクションセールなど、オークションも手がけてきました。その「テクニック」みたいなものを共有することで、東京のスタッフを手助けしていきたいですね。
ーークリスティーズはニューヨークやロンドン、パリ、香港などでセールを開催していますが、東京では行われていません。この状況に変化は起こりえるのでしょうか?
私としては絶対にやりたいと考えています。例えば、アートフェア東京と同じ時期にクリスティーズのセールを東京で行えば、より多くの外国人の方々が来ますよね。それに、日本でしか手に入らない良質な作品はまだまだある。そういうものを求めて人が集まってくる。この「人が集まる」ということが大事だと思います。いまは日本をスルーして香港や上海に人が流れてしまっていますから。
ーーマーケットに関連し、今年はアート市場活性化を目論んだ政府の「リーディング・ミュージアム(先進美術館)」構想が大きな話題になりました。オークションハウスの立場から、どういう感想を持ちましたか?
美術館が作品を売ること自体、海外では頻繁に行われていますし、私自身も関与してきました(もちろん、その売却目的が明確である必要はあります)。
美術館が作品の「墓場」になってはいけないと思うんですね。どこの美術館にも展示する機会が絶対にないような作品が埋もれている。それを流通させるのはポジティブなことではないでしょうか。
とくに国公立の美術館は税金で成り立っているので、ずっと見せない作品を持っているのは税金の無駄遣いだと思います。保管にも費用はかかるわけですから、定期的に収蔵品の見直しを行い、コレクションをよりクオリティの高い状態にするべきですね。
ただもちろん、美術館が「作品の価値付け」をするために使われることがあってはいけません。
ーー最後に、今後社長としてクリスティーズジャパンをどのような方向に導いていきたいのか、抱負をお聞かせください。
日本では「クリスティーズ」という名前を知らない方もまだまだ多いので、まずはその知名度を高めたいですね。
そして教育的なことにも注力したいと考えています。若い人にアートにコミットしてもらうための一助を担えればいいなと常々思っているんです。私は京都造形芸術大学で教えてもいるんですが、学生の間でオークションはあまり認知されていない。海外ではすでにエデュケーションプログラムはあるので、日本でもここ(東京オフィス)で一般の方向けの講座を行うなどして、もっとパブリックに開いていきたいですね。
そういう「種まき」が重要であり、アートにコミットする人、したい人をひとりでも増やしていきたいと思います。