インドネシアで見つけたこと
——今回の個展「Measuring Invisible Distance」では、「進化と母性」がテーマだという約2×4mの絵画《Swoon》の上に、黒い線が登場しているのが気になりました。これは、これまでの今津さんの絵画では見られなかった要素ですが、この黒い線は何を表しているのでしょうか?
これはケーブルの線をイメージしています。2017年の2月と7月のそれぞれ1ヶ月間、ジャカルタでアーティスト・イン・レジデンスをしたのですが、そこで出会い、いま山本現代で一緒に個展をしている(取材時)、バグース・パンデガくんの作品のライトに、電気信号を送るたくさんのケーブルがついていたことから、ケーブルというものに興味を持ちました。
あとは、ロサンゼルスで訪れたジェイソン・ローデスの回顧展で、ケーブルとオブジェクトが絡まって吊るされたインスタレーションを見て感銘を受けました。まるでインターネットやネットワークがオブジェクトとして目の前に存在している感覚があったんです。
——ジャカルタでのレジデンス経験はいかがでしたか?
インドネシアでは、Photoshopの下絵スケッチを、モレンという現地のデザイナーに任せてみたんです。そうしたら、私が持ちえないような空間認識のスケッチができあがってすごくよかった。奥行きのあるマネの絵画空間に興味があったのですが、モレンのおかげで「マネの空間が現れた!」と嬉しかったです。他人に下絵を任せたことがなかったので、大きな発見ができました。
——たしかに、今回の個展で出品された作品は、奥行きが感じられる絵画が多いですね。また、絵画の外側に、点滅するハートのランプ、骨のかたちをした立体物などを設置した展示方法も印象的です。
パンデガくんのインスタレーション作品の設営を3週間ほど手伝った関係で足繁く山本現代に通ううちに、空間のいろいろな使い道に気づくことができ、今回の展示方法に至りました。
例えば天井から絵を吊るすとか、絵の中で起こっていることを、山本現代の空間にもサーキットのように点在させるといったこと。これは、大学時代からいろいろな絵画空間を試し、1枚の画面にまとめてきたことを、空間に拡張させるような試みです。1枚の絵画に描かれたブルーの空間が、他の作品にも登場していたりもします。
——《Swoon》では吊り下げられたキャンバスの背景に、壁紙のように青色が彩られるなど、青が多用されています。
今回の個展では、「水」も強く意識しました。ドリッピングのような手法や、溶いた絵具の水っぽさは、私の作品ではかなり珍しいと思います。生命の源、死、孤独、泥、ミルクといった水が持つイメージに関心があったので、ブルーを多く用いています。
——展覧会タイトルの「Measuring Invisible Distance」(見えない距離を測る)は、そうしたテーマにどのように関係づけられているのでしょうか。
最近あらためてハル・フォスターの『視覚論』を読み、光学的に見るということと、デカルトの遠近法主義的に見るということなど、「見る」の多様さを面白く感じたことから見る・見えないをテーマとしました。
加えて、視覚と触覚は限りなく近いということを制作中に実感するので、そんな「絵画における謎の視覚体験」を見た人に感じてほしいという思いをきっかけとしたタイトルです。
——視覚と触覚が強く結びついていることが、見る人にも伝わるような絵になっているんですね。
はい、そう希望しています。絵だからこそ感じられることは多いと思うんです。例えば篠原有司男さんやイヴ・クライン、白髪一雄の作品は、画面の前の瞬間的なアクションが永遠性になって定着する。それはJPEGだけでは伝えきれないものですよね。
「自由に楽しいことがしたい」という思いを肯定する
——「Measuring Invisible Distance」にはそうした「見る」の要素に加え、今津さん個人の視点で美術史を振り返りながら、自分との作品の距離を「測る」など、今津さんの作家としての姿勢も表れているように見えます。
そうだと思います。ただ、私と美術史の関わり方はこの展覧会で少し変化していると思います。2010~16年頃はもっとストリクトで、自分の物語は全部排除して、とにかく美術史や社会状況だけを参照してつくろうとしてきたんです。自分の物語は描かなくても、選ぶ色に表れてしまうものだから。でも、もう少し、自由に楽しいことがしたいと思ったんです。
——それはインドネシアでの滞在制作の経験も関係しているのでしょうか?
現地の人がみんなすごく自由だったから、そうかもしれないですね(笑)。例えば「結婚したい」「赤ちゃんがほしい」「かわいい骨のかたちを描きたい」とか、そういった欲望を、絵画の上でもう少し自由に認めたいと思うようになりました。そうして自分を絵画上に投影することで、より自由に美術史を参照できるようになった気がします。
——今後の展望について教えてください。
じつは7月にインドネシアに引っ越すことになりました。インドネシアは政治状況や宗教観も同じアジアといえど全然違うムードを持っているトロピカル。本当にカオスなんです。火山も多いしとにかく色々な島や人や言語がある。それゆえに自分が日本で気にしていることがすごく小さく感じられることがありました。
日本で育ち、教育を受けてきたゆえの作品の「硬さ」は逃れられない業のようにつきまとってくると思うのですが、インドネシアの環境で変化が見られるといいな、と楽しみにしています。目の前の状況を受け取りながら、作品に生かしていきたいです。