アート・ママにさようなら
偉大な芸術家には、必ずと言っていいほど、すばらしいパートナーがついている。ゴッホには、弟のテオ。ダリには、妻のガラ。ロートレックには、親友のフランソワ。そして私には、アート・ママが。藝大受験に7回失敗してもバイトをしながら続けさせてくれた。4畳半に家族5人で住んでいた時代、油絵具がくさいと父が言うので、狭いアパートを探してそこで絵を描くことを勧めてくれた。日本の大学に入れずニューヨークに行くときも、反対せず、7年の間、母だけが数通の手紙をくれた。
ジャコメッティが作品を売ろうとしなかったのは有名な話だが、70歳になった私も、作品を売って生活のタシにしたらと母に言われた記憶はない。安っぽいコマーシャルな作品はつくらず、目先のお金に動かず、私にしかできない作品をつくり続けろと言いたかったのだろう。近年のパフォーマンス作品、特に《ベートーベン・ママ》では、うれしい顔はしていないが、「運命」を聞きながら彼女の髪をむちゃくちゃになでまわしても、嫌になって逃げようとはしなかった。母と一緒に行うパフォーマンスは、母と子の信頼関係によって成り立つ、思いやりある相棒同士の2人組アートなのである。
(『美術手帖』2017年9月号「INFORMATION」より)