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愛知県知事のリコール運動と「芸術の自由」を守るために私たちができること

愛知県の大村秀章知事を相手取り、高須クリニックの高須克弥院長らがリコールを求める運動を起こした。「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」を理由にした今回のリコール運動を、弁護士で行政法学者の平裕介が法的な観点から分析する。

文=平裕介(弁護士・行政法研究者)

「あいちトリエンナーレ2019」より、「表現の不自由展・その後」展示風景

 愛知県の大村秀章知事を相手取り、高須クリニックの高須克弥院長らがリコールを求める運動を起こした。「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」を理由にした今回のリコール運動を、弁護士で行政法研究者の平裕介が法的な観点から分析する。

そもそも「リコール」とは?

 リコールとは、法律用語として用いられる場合、次の2つの意味がある。

 今回のニュースのように公職者に対して用いられる場合には、普通は、「解職」(*1)あるいは「解職請求」(*2)を意味するものである。ただし、より広く、地方公共団体(地方自治体)の議会の解散請求と議員・長・役員等の解職請求とを併せてリコールということもある(*3)。

 地方公共団体の長(例えば、今回のニュースの大村秀章愛知県知事や河村たかし名古屋市長)は、「地方自治の本旨」(憲法92条)の一要素である住民自治(住民自治が住民の一に基づいて行われるという民主主義的要素)の原則を具体化するため(*4)、住民の直接選挙によって選ばれることとされており(憲法93条2項)、アメリカのような大統領制型の統治機構である(*5)。

 国のレベルと比較すると、議院内閣制が採用され(憲法66条3項、67条1項等参照)、内閣総理大臣(首相)を国民が直接選挙する制度(首相公選制)が採られていないことと対照的である(*6)。

 選挙によって選ばれる長は、直接住民に責任を負っていることから、住民による解職請求の対象者とされている(地方自治法13条2項・81条1項)(*7)。また、住民は、このほかにも、個々の議員の解職請求(同法13条2項・80条1項)や議会の解散請求(同法13条1項・76条1項)等をなしうる。これらは、住民の権利であり、間接民主制(間接民主主義)を補う直接民主制の(直接民主主義に基づく)制度が取り入れられたものである(*8)。

 もうひとつの意味として、欠陥製品の届出、公表、回収・修理等を意味するものとして用いられることがある。例えば、道路運送車両法の欠陥車両の届出(同法63条の3)の制度ことをリコールと呼んでいる(*9)。

長のリコールに必要な署名数は?

 日本国民である地方公共団体の住民であって選挙権を有する者は、政令の定めるところにより、その総数の3分の1(愛知県のように、その総数が80万を超える場合、(1) 80万を超える数に8分の1を乗じて得た数+(2)40万を超える数に6分の1を乗じて得た数+(3)40万に3分の1を乗じて得た数)以上の連署をもって、その代表者から、選挙管理委員会に対し、長のリコール(解散請求)をすることができる。これは議会の解散請求と同様の手続である(地方自治法13条2項・81条・76条2項・3項・83条)。

 愛知県選挙管理委員会によると、3月1日時点で、県内の登録有権者は612万3555人で、リコールには約86万5400人の署名が必要という(*10)。これは上記(1)~(3)の数を合算して得た署名数である。

 署名収集期間は、都道府県及び指定都市の場合、請求代表者証明書交付の告示があった日から2ヶ月以内である(地方自治法施行令92条3項)。なお、この「告示があった日から」について補足すると、署名収集そのものは告示の日当日よる開示しても差し支えないものとされている(行政実例昭和24年7月20日)(*11)。

愛知県庁

 また、署名以外の手続について説明すると、リコール(解職請求)があった場合、選挙管理委員会は、ただちに請求の要旨を公表し(地方自治法81条2項・76条2項)、選挙人の投票に付さなければならず(同条3項)、投票で過半数の同意があったときは、長がその職を失うことになる(同法83条)。ただし、長の解職請求は、原則として、その就職等の日から1年間はすることができないとされている(同法84条)。このような解職の時期の制限は、解職請求の濫用を防止し、いたずらに政治的陰謀の具となることのないようにするための配慮によるものである(*12)。

過去に知事のリコールはあったのか?

 1999年4月1日から2016年3月31日までにの17年間に、21名の市町村長がリコールの手続で解職されているが、都道府県知事については、これまでそのような例が無いようである(*13)。

 なお、同じ期間に、14名の市町村会議員が、都道府県議会議員1名(広島県議会議員)がそれぞれリコールにより解職されており、また、同じ期間に市町村の議会がリコールにより解散した例は38件ある(都道府県では例がない)(*14)。

 ちなみに、美容外科「高須クリニック」高須克弥院長らによる大村秀章知事の解職請求の署名集めの運動を、河村たかし氏も支持しているが、この河村氏は、以前、名古屋市長として、自らが主導して、議会の解職請求の署名集めを行っている。そして、このときは、必要な署名数(当時は約36万6000)を大きく上回る約46万6000の署名が集まり、結局、2011年2月に住民投票が行われ、その結果、議会が解散されているのである。知事の解職が成立した例ではないものの、政令指定都市で議会の解散請求が初めて成立した事例であり(*15)、今回、実際に必要な署名が集まるのかということの参考事例といえよう。

 もっとも、この名古屋市議会のケースは、河村市長が公約に掲げた市民税の恒久的な10パーセント減税案、議員報酬半減案を議会が否決したことの是非が争点であったため、「表現の不自由展・その後」(あいちトリエンナーレ2019)の展示内容、芸術表現への助成等の是非が争点となる今回のケースとは、事案類型が異なるといえよう。

不自由展を理由とするリコールは問題ないものか?

 「表現の不自由展・その後」における作品(文化芸術表現)に対し、文化庁が補助金を全額不交付とすることは違法ではないかと考えられ(*16)、また、名古屋市が負担金(残額分)を不交付とすることもまた違法と考えられる(*17)。

 とはいえ、リコールは、同じく住民の権利である住民監査請求(地方自治法242条)・住民訴訟(同法242条の2・242の3)(*18)のように、「違法」(同法242条1項、242条の2第1項柱書)や「不当」(同法242条1項)(*19)といった要件が規定されているわけではないため(同法81条等参照)、住民らが行政当局の施政が適切ではなく、あるいは民意を反映したものではないと考える場合、理由が不自由展の内容等に関するものであっても、リコールによってその是正を図ろうとすることは、法的に禁止されているものではない(*20)。

 また、芸術祭や特定の芸術作品に対して公金が助成されることに反対する者のなかには、文化芸術活動によって自分自身が傷つけられるものだと感じる者が含まれているように思われ(*21)、そのような理由から反対の意見を述べることも表現の自由(憲法21条1項)に含まれる。

展示が中止された後の「表現の不自由展・その後」展示室

 以上のようなことから、不自由展を理由とする解職請求も、法的に制限されているものではない。ただし、投票運動については、選挙運動の場合と同様の制限があり、例えば、新聞紙・放送で、虚偽事項を記載・放送したり、事実を歪曲して記載・放送するなど公正を害してはならないという制限がある(地方自治法85条1項、公職選挙法148条1項ただし書、同法151の3ただし書)ため、無制限に投票運動が行えるわけではない点に注意しなければならない。

芸術の自由を守ろうとする市民ができることは何か?

 仮に不自由展を理由とするリコールが成立するようなことがあれば、自由な文化芸術活動が脅かされる事態が生じかねない。

 では、芸術の自由(文化芸術表現の自由)を守ろうとする者が、いま、できることはなんだろうか。

 それは、日本国憲法の価値を守ろうとする「努力」(憲法12条前段)である。

 日本国憲法は、日本社会の歴史上はじめて、一切のタブーからの解放と自由社会の理想像を掲げた。しかし、このことによって、憲法を「諸悪の根源」とまで語る者が日本社会に現れることになった(*22)。

 このように、日本国憲法は、その価値を否定する表現の自由までも認めているが、同時に、(言うまでもないことであるが)憲法の価値を否定する意見は「間違いだ」と正々堂々と、批判する自由を保障しているのである(憲法21条1項)。

 文化芸術表現の自由の価値や文化芸術活動への助成は、日本国憲法21条1項、25条、13条等に照らし、また、文化芸術以外の分野における表現の自由の「萎縮」の「連鎖」を止めるためにも、最大限尊重されなければならないことといえる(*23)。

 愛知県の住民であれば、署名しないことをもって文化芸術を守る活動をなしうる。しかし、できることは、これにとどまらない。つまり、愛知県の住民以外の市民であっても、一人ひとりが、日本国憲法の価値を守り抜くために現に声を上げる活動をなしうるはずである。

 この活動は,言論・表現の自由等の基本的人権を市民が保持し続けるための「不断の努力」(憲法12条前段)である。基本的人権を自覚的に行使するという「現在」(憲法11条・97条)の市民個々人の「不断の努力」は、基本的人権とその価値を「将来」(憲法11条・97条)の市民に引き継いでいくための極めて重要な「立憲主義」的営為でもある(*24)。

 ドイツと同様の「たたかう(闘う)民主制(民主主義)」がとられていないとされる日本(*25)において、表現の自由等の基本的人権、平和主義、立憲主義、法の支配等の日本国憲法の価値を脅かす言説という「試練」(憲法97条)に抗するのは、基本的人権や憲法的価値に適う法解釈を武器にたたかう「個人」(憲法13条前段)なのである。

 

*1──高橋和之『立憲主義と日本国憲法 第5版』(有斐閣、2020)355頁、447頁、板垣勝彦『自治体職員のための ようこそ地方自治法[第3版]』(第一法規、2020)143頁。
*2──初宿正典=高橋正俊=米沢広一=棟居快行『いちばんやさしい 憲法入門〔第5版〕』(有斐閣、2017)224頁〔米沢広一〕。伊藤正己『憲法入門〔第4版補訂版〕』(有斐閣、2006)98頁、塩野宏『行政法Ⅲ[第四版] 行政組織法』(有斐閣、2012)201頁参照。
*3──宇賀克也『地方自治法概説〔第8版〕』(有斐閣、2019)349頁、松本英昭『新版 逐条地方自治法〈第9次改訂版〉』(学陽書房、2017)148頁。塩野・前掲注(2)212頁参照。
*4──芦部信喜著、高橋和之補訂『憲法 第七版』(岩波書店、2019)378~379頁参照。
*5──高橋・前掲注(1)426頁、芦部・前掲注(4)341頁参照。
*6──齋藤康輝=高畑英一郎『Next教科書シリーズ 憲法[第2版]』(弘文堂、2017年)199頁〔平裕介〕参照。
*7──塩野・前掲注(2)201頁参照。
*8──宇賀・前掲注(3)341頁、松本・前掲注(3)253頁参照。
*9──阿部泰隆『行政法解釈学Ⅰ』(有斐閣、2008年)483頁参照。
*10──「高須医師ら大村知事リコールへ団体設立 不自由展理由に」朝日新聞デジタル2020年6月2日
*11──宇賀・前掲注(3)346~349頁、松本・前掲注(3)268頁等参照。
*12──松本・前掲注(3)254頁。
*13──宇賀・前掲注(3)349頁。
*14──宇賀・前掲注(3)348~349頁。
*15──宇賀・前掲注(3)347頁参照。
*16──あいちトリエンナーレ2019補助金(文化庁)不交付問題について主に行政法の観点から論じた拙稿として、〈1〉平裕介「『あいトリ』補助金不交付問題は県vs国の法廷闘争へ。今後の展開を行政法学者が解説」美術手帖(ウェブ版、2019年10月19日公表)、〔2020年4月27日最終閲覧〕)、〈2〉同「あいちトリエンナーレ2019補助金不交付の理由と補助金適正化法」美術の窓38巻11号(2019年)99頁、〈3〉同「行政法のフィルターで見るあいトリ補助金不交付問題―『行政裁量』のハードルと『天皇コラージュ事件』との共通項」美術の窓38巻12号(2019年)119頁、〈4〉同「あいちトリエンナーレ2019補助金不交付は、なぜ違法なのか(1)」美術の窓39巻1号(2020年)240頁、〈5〉同「あいちトリエンナーレ2019補助金不交付は、なぜ違法なのか(2)」美術の窓39巻2号(2020年)115頁、〈6〉同「あいちトリエンナーレ2019補助金不交付は、なぜ違法なのか(3)」美術の窓39巻4号(2020年)118頁、〈7〉同「あいちトリエンナーレ2019補助金不交付問題と今後の申請手続のポイント」美術の窓39巻5号(2020年)174頁、〈8〉同「文化芸術活動に対する『電凸』と補助金の関係―あいちトリエンナーレ2019から考える」美術の窓39巻6号(2020年)133頁、〈9〉同「あいちトリエンナーレ2019補助金問題の結末の法的検証」美術の窓39巻7号(2020年、掲載予定)、〈10〉同「あいちトリエンナーレ2019と争訟手段―補助金不交付に対する行政争訟を中心に」法学セミナー786号(2020年)41~47頁(掲載予定)がある。なお、筆者は、あいちトリエンナーレ2019の件と同じく補助金適正化法6条1項に係る違法事由が争点となっている映画『宮本から君へ』助成金不交付決定取消訴訟(東京地裁民事第51部に係属中)の訴訟代理人を担当している(前野祐一「『宮本から君へ』助成金不交付問題、裁判へ」キネマ旬報1835号(2020年)122頁)。
*17──美術手帖(ウェブ版)編集部「あいちトリエンナーレ実行委員会が名古屋市を提訴。弁護士・平裕介に今後の展開を聞く」美術手帖(ウェブ版、2020年5月21日公表
*18──宇賀・前掲注(3)351頁以下参照。
*19──行政不服審査法に関するものではあるが、違法と不当の審査基準の違いに関して論じた小論として、〈1〉平裕介「行政不服審査活用のための『不当』性の基準」公法研究78号(2016年)239頁、〈2〉同「行政不服審査における不当裁決の類型と不当性審査基準」行政法研究28号(2019年)167頁、〈3〉同「新行審法と市民の権利救済―『不当』性審査充実のための方策」自治実務セミナー693号(2020年)17~18頁等がある。
*20──松本・前掲注(3)254頁参照。なお、国会議員をリコールする制度を設けられるのか(それが憲法43条や51条に反しないのか)に関しては議論がある(長谷部恭男『憲法講話―24の入門講義』(有斐閣、2020)295頁等参照)。
*21──平・前掲注(16)〈10〉46頁参照。
*22──樋口陽一『五訂 憲法入門』(勁草書房、2013)178頁。
*23──志田陽子「『芸術の自由』をめぐる憲法問題―支援の中の『自由』とは」法と民主主義543号(2019年)20頁以下等参照。
*24──樋口陽一ほか『憲法を学問する』(有斐閣、2019年)169頁以下〔蟻川恒正〕、平裕介「公道で選挙演説を聴く市民の政治的言論の自由と『現在』の市民の『不断の努力』」LIBRA19巻10号(2019年)23頁参照。
*25──初宿正典編『レクチャー比較憲法』(法律文化社、2014)102頁〔櫻井智章〕、渋谷秀樹=赤坂正浩『憲法1 人権〔第7版〕』(有斐閣、2019)251~252頁〔渋谷〕参照。

編集部

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