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2018.9.20

オンラインがギャラリービジネスを変える? メガギャラリーの戦略から見る最新の動向

アメリカを中心に、海外に複数拠点を構え、グローバルにビジネス展開する「メガギャラリー」が、作品のオンライン販売を始めたことが注目を集めている。新たな販路拡大の動きの背景にある、ギャラリービジネスの最新状況とは?

文=國上直子

フリーズ・ニューヨーク2018での「ガゴジアン」のブース
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 多数のブルーチップアーティストを抱え、多国籍展開し、年間の売上額が5000万ドルを上回るような有力ギャラリーは、通称「メガギャラリー」と呼ばれている。そのなかでも屈指の存在が、ニューヨークを拠点とする「デイヴィッド・ツヴィルナー」と「ガゴジアン」だ。『アートレビュー』誌が発表する「アート界で最も影響のある100人」の2017年版で、オーナーがそれぞれ第5位(デイヴィッド・ツヴィルナー)と第15位(ラリー・ガゴジアン)にランクインしており、近年では豊富な資金力とネットワークを駆使した、美術館級の展示を行うことでも知られている。その2大メガギャラリーが作品のオンライン販売に着手したことが話題を呼んでいる。

デイヴィッド・ツヴィルナー:展覧会と連動したオンラインセールス

今年の夏にデイヴィッド・ツヴィルナーの「ビューイング・ルーム」で販売されたジョシュ・スミスの《無題》(2015) © Josh Smith Courtesy the artist and David Zwirner, New York/London/Hong Kong

 オンラインセールスを始める以前からデイヴィッド・ツヴィルナーでは、メールを介したJPEGやPDFのやり取りのみで作品を購入する顧客が、すでに3割を占めていた。2017年1月に開設されたオンラインのプラットフォーム「ビューイング・ルーム」は、その延長線上にある。

 「ビューイング・ルーム」は、実店舗で開催中の展示と連動しており、名前とメールアドレスの登録をすれば、一部の作品の値段と販売状況を、誰でも見ることができる。サイト上から直接購入手続きはできないが、作品に興味があれば「問い合わせ」ボタンから担当者にコンタクトを取れる仕組みになっている。

デイヴィッド・ツヴィルナーの「ビューイング・ルーム」

 メールでの販売が既存コレクターを対象にしていたのに対し、「ビューイング・ルーム」は、デイヴィッド・ツヴィルナーの取り扱うアーティストに興味はあるが、実店舗に行くチャンスがない不特定多数をユーザーとして想定している。デイヴィッド・ツヴィルナーは「ビューイング・ルーム」を「れっきとしたひとつのギャラリースペースとして扱う」と本腰を入れており、オンライン専門のディレクターも採用している。

 昨年11月に開催した草間彌生の版画セールスでは、価格帯1万5000〜2万ドルの作品が1週間で完売。「ビューイング・ルーム」開設以降、問い合わせをしてきたユーザーの37パーセントが新規であり、予想を上回る反応にギャラリーは驚いているという。

ガゴジアン:アートイベントに合わせた期間限定販売

ガゴシアンの「オンライン・ビューイング・ルーム」 Courtesy Gagosian

 いっぽう、ガゴジアンがオンラインセールスに踏み出したのは、今年6月。「アート・バーゼル」の期間に合わせ、10日間限定の「オンライン・ビューイング・ルーム」が開設され、村上隆、アンディ・ウォーホール、クリストファー・ウールなどをはじめとする、10名のアーティストの作品が並んだ。

 アーティスト名をクリックするとヴァーチャル・ギャラリーの中に作品のイメージが、詳細と価格とともに表示され、作品についてのエッセイや関連作品なども添えられた。会期中は24時間のライブチャットサポートが設けられ、作品の購入に興味がある顧客が即座にギャラリーとやり取りができるようになっていた。

「ガゴジアン」の「オンライン・ビューイング・ルーム」で販売されたトム・ウェッセルマン《ヌード・ドローイング 4/14/2000》(2000、121.9×162.6cm、キャンバスに油彩) Artwork © The Estate of Tom Wesselmann/Licensed by VAGA, New York. Courtesy Gagosian.

 ガゴジアンは「オンライン・ビューイング・ルーム」を期間限定にすることで、「作品との一期一会」を創出し、擬似アートフェアとも言える購入体験の場を提供した。会期中は、出展された10作品のうち5作品が売れ、売れた作品の価格帯は15万〜110万ドルと、かなり高額となっている。この間、537の新規コレクターのコンタクトを獲得でき、ギャラリーはオンラインセールスに大きな手応えを感じているという。

ヴァーチャル・ギャラリーの中に作品が表示される。写真はカタリーナ・グロッセ《無題》(2016、300×200cm、キャンバスにアクリル) © Katharina Grosse. Courtesy Gagosian.

ギャラリービジネスの慣習が変わる兆し

 これまで多くのギャラリーでは、値段の開示は慎重にコントロールされてきた。とくにブルーチップギャラリーにおいては、新規の客が値段を聞くことが憚られる雰囲気が強く漂い、作品に興味がある場合は、コレクターやアートアドバイザーを介して、商談が始められることが多く、ギャラリーとのコネクションなくして作品を購入するのは難しいと考えられていた。

「ガゴジアン」のギャラリー内風景

 その背景には、買主の素性が、作品及びアーティストの将来の価値を左右することが挙げられる。オークションなどでは、「誰によって所有されてきたのか」(作品の来歴)が作品の価値に大きく影響する。また、繰り返しオークションに登場する作品の価値は下がる可能性があるので、売買を頻繁に行うような投機的なコレクターはあまり歓迎されない。ギャラリーとしては、最終的に作品を美術館に寄贈してくれるような「いいコレクター」に作品を売りたいため、素性の知れない潜在顧客とのやり取りには注意深いアプローチを取ってきた。

 この「いいコレクター」に不自由がなさそうな、デイヴィッド・ツヴィルナーとガゴジアンが、オンライン販売を通じ、この慣習を真っ向から覆そうとしているのはなぜだろうか?

デイヴィッド・ツヴィルナーのギャラリー内風景

アートフェアブームの功罪

 2000年から18年の間に、主要アートフェアの数は、年間55から260まで増加し、いまではアートフェアへの出展は大手ギャラリーにとってほぼ必須になっている。「アート・バーゼル」が発表するアートマーケットレポートによると、17年において、アートフェアへの出展に起因するギャラリーの売り上げは平均で46パーセントに及ぶという調査結果が出ている。

 ところがここ最近、アートフェアに足を運ぶのをすっかり止めてしまうコレクターが増えてきていると言われている。世界各地で行われる、夥しい数のフェアとその関連イベントに繰り出す負担が、コレクターにとって過度に大きくなった結果、「アートフェア燃え尽き症候群」が広まっていると見られている。

アートフェアに来るコレクターは減少傾向だという

 フェアへ行くコレクターが減ってきている反面、アートフェア隆盛のあおりを受け、減少していたギャラリーへの客足は回復する兆しが見えていないという。ニューヨーク・チェルシー地区では、複数のギャラリーが合同で「ギャラリー・ウォーク」を開催し、実店舗への来訪者を増やそうとする試みなどが始まっている。中小ギャラリーだけではなく、老舗のギャラリーも閉鎖をするなど、ギャラリーを巡る状況は刻々と変わってきており、多くのギャラリーにとって実店舗営業の意義を問い直す時期がきているといっても過言ではない。

 メガギャラリーは、幅広くビジネスを手がけるため、このような業界の変化に早めに気づき、対策を取っていると見ることもできる。フェアやギャラリーからコレクターの足が遠のくなか、次のビジネスの場として、彼らが選んだのが、「オンライン」であったと言えるだろう。

アプローチしやすいギャラリーへ

 2大ギャラリーによる、新しい試みは「ビューイング・ルーム」に留まらない。デイヴィッド・ツヴィルナーは、今年6月より、ホームページ上でポッドキャストの配信を始めている。取り扱いアーティストが、異なるジャンルのアーティストと幅広いアートについて対談をするという形式をとり、月に2回公開されている。

 またガゴジアンは昨年、雑誌『ガゴジアン・クオータリー』をローンチ。紙面及びオンラインで定期刊行し、主に取扱い作家のスタジオ訪問やインタビューを掲載しているが、見た目はアート専門誌のような仕上がりとなっている。

『ガゴシアン・クオータリー』はオンラインでも閲覧できる

 アート業界は他の業界に比べ、オンライン技術の活用には大きく遅れをとってきた。コレクターを厳選するという、言うなれば「排他的な」アートビジネスにおいて、オンライン技術を積極的に活用する必然性が欠けていたことが理由として挙げられる。しかし、ここへきて、メガギャラリーによる新たな試みを通じ、「開かれたビジネス」へと変容する兆しが見えてきている。

 これまでギャラリーは「いいコレクター」を相手に取引を行ってきたが、オンラインを活用し不特定多数を対象にビジネスを行うことで、「買えるコレクター」が取引相手に加わる。画期的なのは、おそらくオンライン技術の導入そのものよりも、ターゲットとする顧客のベースの変化だろう。デイヴィッド・ツヴィルナーとガゴジアンというメガギャラリーが先陣を切ることで業界改革が進んでいくのか、これからの動向が注目される。

デイヴィッド・ツヴィルナーはギャラリーの隣でブックストアも営業し、自社で発行している出版物などを販売している