EXHIBITIONS

企画展

菅亮平「Based on a True Story」

2024.07.20 - 10.14

メインヴィジュアル

 原爆の図 丸木美術館で、菅亮平による個展「Based on a True Story」が開催されている。

 菅亮平は、おもにミュージアムやギャラリーの展示空間それ自体を題材とした作品で知られる美術作家だ。「空虚(ヴォイド)」を主題とした創作に取り組んできた菅は、2013年以降ドイツに滞在し、世界大戦の悲劇や喪失を空白の空間をもって指示する、戦後西洋美術史におけるヴォイドの表象の系譜に関心を寄せてきた。

 2020年に広島に移住した菅は、世界で初めて原子爆弾が投下された広島の歴史性を踏まえ、アジアの戦後美術史における世界大戦への応答に関心を向けている。2021年には原爆ドームの第5回保存工事で使用された塗料による絵画作品《K 15-30D》の制作を開始するなど、戦後の歴史継承の問題をめぐって想起の芸術の今日的な可能性を追求している。

 本展では、菅が2023年以降に取り組んできた、広島平和記念資料館所蔵の被爆再現人形を題材としたリサーチ・プロジェクトを発表。被爆再現人形とは、同館で1991年から2017年まで展示された、広島の被爆直後の灰塵に帰した都市の一角を再現したジオラマ内の成人女性と女子学生、男子を模したプラスチック製の等身大の人形三体を指している。

 本館入口付近に設置されていたこれらの人形展示は、大規模なジオラマセットと劇的な照明効果を伴うことで、ダイナミックなスペクタクル性を有していた。それは、平和記念資料館を訪れる来場者に対して原子爆弾が人間や都市に与える甚大な破壊力のイメージを突きつけ、原子爆弾に対する人々の心象形成に強い影響を与えてきたと言えるだろう。

 2014年から約4年半にわたる改修工事を経た、2019年の平和記念資料館の本館・東館のリニューアル計画に際して、展示の内容と方法の大幅な見直しがなされている。2010年に広島市が策定した「広島平和記念資料館展示整備等基本計画」の中でジオラマと人形の撤去の方針が示され、2013年以降に市民や有識者を中心にして、被爆再現人形論争とも言うべき賛否両論の議論に発展。最終的に、存命の原爆被害の体験者の高齢化・減少化が進む状況を見据え、被爆の実相を実物資料で表現する方針から、このジオラマと人形展示は2017年に一掃されることとなった。

 このように世間の耳目を集めた人形だが、制作過程は不明な点が多く、燃え盛る炎の表現が演出されたジオラマ展示においてその詳細を観察することはできなかった。一連の経緯に関心を持った菅は、同館で保管されていたこれらの人形の調査を行った。文化財保存・修復の専門家に協力を依頼し、対象となるオブジェクトの表面・内部・構造・組成などの成り立ちを明らかにすることを試みる。

 いっぽうで菅は、この被爆再現人形と丸木位里・俊による絵画《原爆の図》との対照関係に着目。《原爆の図》は、被爆再現人形と同様に被爆した人々の全身を焼かれて皮膚が剥けた姿がほぼ等身大に描かれており、生身の人間の痛みを表現。そして、同作に対しても、被爆再現人形論争の撤去賛成派と反対派それぞれの論点である、原爆被害の凄惨な情景はこんなものではなかったという意見と、原爆の被害を伝えるうえで果たしてきた功績を肯定する意見の双方がつきまとってきた。

 本展タイトル「Based on a True Story」は、「実話にもとづいて」という意であり、しばしば映画やドラマ、本の冒頭で記載される文言だ。この言葉は、視聴者や読者に対してその作品への共感を喚起する効果があるいっぽうで、どの程度の事実にもとづいていて、どの程度の脚色を含んでいるのかについては、曖昧さを含んでいる。

 戦争はときに想像を絶する圧倒的な暴力を人々にもたらす。そうした歴史の断絶と死の記憶を継承するうえで、「ドキュメント」と「フィクション」は、どのような関係性にあるのか。そして、それらの方法論は優劣として二分されるべきものなのか。表象の可能性を問い続けてきた菅は、被爆再現人形と向きあう本作を通して、歴史継承のメソッドについて再考を促す契機を企図した。

 ※本展は被爆再現人形本体の展示を行うものではない