ビル建設中から始まった作家選定
──「APK PUBLIC」のキュレーションは、指名コンペに参加して案が採用され、実現に至ったと聞いています。どのように準備をし、キュレーションを行ったのでしょうか。
2021年に「指名コンペに出しませんか」とご依頼いただきました。スケジュールや予算や企画体制などもすべて具体的に提示することが条件でしたが、当時はまだビル建設中でしたので、まずはいただいた図面を読み込むことから始めました。といっても私は専門家ではないので、最初から建築家をチームに入れなければ無理だと考え、「あいちトリエンナーレ」の仕事でもご一緒したことのある建築家の武藤隆さんにアーキテクトとして入っていただきました。また同じく以前あいちで仕事をした三木茜さんにもコーディネーターとして加わっていただきました。
──作家の選定はどのように行ったのでしょうか。
図面を読み込みながら参加作家と作品をイメージしていったのですが、戸田建設の社屋ですから、建築や土木に親和性の高い作家がいいだろうと考えました。新しくできる建物なので、まずこのビルの空間を見ていただくための作品が相応しいと。しかし、ビルのデコレーションを行うわけではないので、通常の建築ではあり得ないような、美術作品だからこそ提示できる何かがあるはずだと考え、持田敦子さんを思い浮かべました。多様な表現を紹介するため、これまでに一緒に仕事をしたことがある作家のなかから、空間と人に働きかけるダイナミックな作品を手掛けられる作家として、ほぼ同時に毛利悠子さん、小野澤峻さん、そしてより親密な距離感で作品を見てもらうことができる作家として野田幸江さんの3名も考えました。
──指名コンペの依頼を受けたのが2021年ということで、パンデミックの真っ只中だったわけですが、そのことはプランに影響しましたか。
通常であればまずは現地を見に行くものですが、私は名古屋在住ということもあり、当時は簡単に行き来できる状況ではありませんでした。海外作家の作品輸送は難しい状況でしたし、パンデミックだけではなくビルができあがっていないことからも、映像を含め、展示環境の事前検証ができない作品はリスクが高かった。そこで、国内作家でこれまでにご一緒したことのある作家を選んだのです。作家の皆さんには、全く新しい表現にチャレンジしてもらうというよりも、これまでの表現の延長線上で、さらに洗練された作品にブラッシュアップしていく方向で後押しをしたいと思いました。
──図面の読み込みとそこから想像を広げ、具体的な作品の設置イメージを思い描いたのですね。
建設中、隣接するアーティゾン美術館に展覧会を見に足を運ぶ機会が何度かあったので、美術館の上のフロアからガラス越しに見て、よく目視確認をしていました。指名コンペのプレゼンテーションもリモートだったのですが、その際には、ビルのどの空間にどの作家のどのような作品が設置されるのかを具体的に提案したかったので、4作家とは、キュレーション案を考える段階から設置場所などの具体的な話をしました。小野澤さんに関しては既存作なので過去の展示資料がありますが、持田さんと毛利さんに関しては、新たにドローイングを描いていただきました。
幸運なことに、武藤アーキテクトが教鞭を取る大同大学(愛知県)に新校舎ができ、そこに建てられた「X棟」のプロポーションがTODAビル1階の吹き抜けロビーとほぼ同じでした。大学が長期休みのタイミングで、建築学科の学生の手もお借りして、TODAビル1階のエントランスに展示する持田さんの作品の原寸サイズのモックアップを段ボールでつくり、作品のボリュームを検証する実験を行いました。これが空間と作品の関係を理解する非常に大きな助けとなりました。
「螺旋の可能性──無限のチャンスへ」
──「螺旋の可能性──無限のチャンスへ」というタイトルはどのように生まれたのでしょうか。
アーティストの選定を行うことと並行して、私はコンペを主催する戸田建設という会社のことを知らねばと思い、社史を拝見しました。いつ創業した会社で、どのような業績を築いてきたのかを調べていくと、1970年の大阪万博「スイス館」の工事なども担当したことがわかりました。それは利益を求めるだけではない、社会貢献でもあります。万博で請け負ったいくつかの仕事を通して、未来を謳っていく──夢を見ていた時代のヴィジョンを描くことにエネルギーを注いだことが感じられ、戸田建設のフィロソフィに共感を覚えました。
自社の新社屋を建てることは大きなプロジェクトですが、隣のアーティゾン美術館のあるビルと共同で「京橋彩区」という街区を形成し、アートによるまちづくりに携わることは、建設会社としては「本業ではない仕事」ですよね。そこにこれだけの力とリソースを割いていることに、強い覚悟を感じます。その気概に遜色ないような、覚悟を後押しするような作品を展示したいと考えました。パンデミックがあり、暗いニュースも多い状況ではありますが、未来を志向するポジティブなものにしたい。しかし、高度成長期と同じように夢を見られる時代ではありませんから、紆余曲折がありながらもあえて上を見るのだとしたらと考え、「螺旋」という言葉が出てきました。螺旋は形状としても美しいですし、見た人に受け入れてもらいやすいイメージですから。
──個別の作品について具体的に伺いたいと思います。まず持田さんの作品ですが、1階ロビーの吹き抜け部分に、「螺旋の可能性」というコンセプトを象徴するような螺旋階段のインスタレーションが設置されます。
持田さんは近年、工事現場の足場を組むための単管でカーブした階段をモチーフにした作品を制作してきました。つくって解体し、組み替えて新たにつくる循環の発想やDIYの要素が背景にはありますが、持田さんが以前からもっていた螺旋のコンセプトをこの大容積の空間に新たな素材で形にすることで、パブリックなところにプライベートなものを開いていく方法論などが新たな姿を表すのではないかと考えました。ロビーの吹き抜けには、昇ることができない螺旋階段を宙吊りするかたちで設置し、「螺旋」というプログラム全体のコンセプトの象徴を具現化します。床面には昇降可能な数段もつくり、会期中には実際に昇ることができる機会もあります。エントランス前には屋外作品が1点設置されるのですが、それも同じ計算方式で設計しています。呼応する二つの螺旋階段を内と外に設置することで、街区と建物内をつなぐ役割も果たしてもらえると考えています。
──外から建物を見上げると、2階の回廊部分に毛利悠子さんの作品が4点並んでいます。これまでの毛利さんの作品からはイメージしづらいような、ポップな色のインダストリアルな製法による立体作品ですが、どのようなコンセプトの作品でしょうか。
毛利さんは「札幌国際芸術祭2017」で発表したサウンド・インスタレーション《Breath or Echo》を、札幌でも、その後オーストラリアのブリスベンにあるクイーンズランド州立美術館/現代美術館で開催された「第9回アジア・パシフィック現代アート・トリエンナーレ」(2018–19)でも、細長い空間をうまく用いて実現していました。その記憶もあり、TODAビルでは2階の回廊空間のための新作を依頼しました。窓に面して自然光が入り、中と外がインタラクトできるような風景をつくってもらえるのではないかと考えました。毛利さんがこれまでの作品で扱ってきた重力や回転といった力学や物理学、空間の目に見えないフォースを来街者が知覚できるのではないかと想像したのです。
実際に毛利さんが新作のモチーフとしたのは、国立科学博物館に収蔵されている「地震動軌跡模型」です。世界最初の地震学専任教授となった関谷清景博士(1854〜1896)が1887年に起きた地震計の記録をもとに、地面の三次元的な動きを針金で表現した3体の模型で、毛利さんは以前からその模型をモチーフに制作する発想をもっていました。その模型を3Dスキャンしたデータをもとに制作されたのが、今回の4点の彫刻作品です。
──地震の動きということは、やはり見えないフォースですね。
地球は体でも感じられないような微弱な地震がつねに起こっている惑星で、とくに日本は、その揺れを引き起こす地殻のエネルギーが極めて強いところに位置しています。地震学という日本発の物理学(フィジックス)には、自然への畏れという日本に古くからある感情と、それを科学的に分析しようという西洋がギリシア以来持ち続けた「自然の本性(ピュシス)」の探究の両側面が見られます。そこに着目するのは非常に毛利さんらしいと思いますし、それをカラフルなスチールのパイプでかたちにするのはアーティストならではの発想なので、この作品から将来、新たな展開が生まれたら嬉しいです。
──2階にはそのほか、野田幸江さんの新作インスタレーション《garden》と、国際芸術祭「あいち2022」などでも展示された、6つのステンレスボールが振り子の動きをする小野澤峻さんの作品《演ずる造形》のTODAビルバージョンが設置され、空間を結びます。まず野田さんの作品内容から伺えますか。
野田さんは画家として活動しながら、家業である花屋さんを滋賀県で営まれているのですが、これまで植物を中心にその地域にあるものを採取し、手作業で加工した有機的な作品を制作してきました。今回は、2年間四季ごとに京橋のまちを歩き、植物などを採取するフィールドワークをすることから始まりました。プロジェクトが動き始めたときにはビルの地下躯体工事が行われていたのですが、幸いなことに地面を掘っている最中だったので、その下の地下水も戸田建設から素材として提供していただけました。ただまちを歩くだけでは見えてこない視点で京橋を知り、プランを考える様々な要素と出会うことができました。
──この地域にもっとも頻繁に足を運び、物理的にもっとも深く街区と関わった成果が作品として展示されるのですね。
ほかにも、区画整理事業に伴って撤去されることになった街路樹のイチョウを再活用するなど、この地域で入手した素材を用いて40種類以上の作品を制作し、《garden》を構成しました。ここに毎日通う人たちが、見たことはないけれども、しかし京橋を想起させるような景色が見えてくるような作品をつくってもらうことでした。そうして生まれた作品は、まさに京橋の縮図になるのではないかと思っています。道端で拾い集めた誰かの髪の毛を編んだり、花びらを縫い合わせたり、テキスタイルの技法も使います。「螺旋の可能性」ではミクロからマクロまでの表現を紹介したいと思ったので、野田さんにミクロの部分を担っていただき、それがマクロにつながることを表現していただきました。
──いっぽう小野澤さんの作品は、見えない地殻のエネルギーを可視化した毛利さんの作品とは対照的に、動きそのものが作品となっています。
表現メディアのひとつとして、美術だけではなく、パフォーミングアーツも扱いたいと考えました。小野澤さんはジャグラー出身で、彼にとってあの作品は舞台芸術なのです。パフォームするのは人間ではなく、マシーンであるだけで。
絵や彫刻は動かないものだと思っている人の方が多いと思うのですが、作品自体が動かなくても、それを見た人の意識のなかに動きが生まれたり、身体的な動きを感じとったりすることもある。また経年変化という意味での動きもあります。そういった意味で多様な「動き」のある表現を行うアーティストを選びました。
パブリック・アートが持つ意味
──外と中をつなぐ場所に作品が展示されているので、時間帯によって光が変わりますし、ビルにいる人の動きによっても作品の見え方が変わってきます。
そうした要素はもちろんですし、展示が約1年半続くので、毎日ビルに通う人にとっては、日々のコンディションによって見え方も変わってくると思うんです。4名の作家のインタビュー動画のダイジェストを会場で、ロングバージョンをART POWER KYOBASHIの公式ウェブサイトで紹介しているのですが、収録時に4作家とも、季節や時間によって作品がどう変化するのかを楽しみだと話していたのが印象的でした。
──小野澤さんの作品は「あいち2022」で見たのとは違った印象が生まれるでしょうし、4名の作品が集まることで、シナジーが生まれることに期待が高まります。
これまで美術館やトリエンナーレで仕事をしてきて毎回思うのですが、コンセプトを聞いて頭の中で想像していたとしても、実際にかたちになったときには鮮烈な印象が生まれますし、見慣れた美術館の所蔵作品を異なる展覧会で改めて見たときなども、作品に初めて出合ったような気持ちになります。もしかしたら、同じ場所に再インストールしたとしても、初めて見た感覚を覚えるかもしれません。
──「APK PUBLIC」は、恒久設置ではなく、期間が限られていますが約1年半と長く、また街区との関係も考慮された特殊な機会だと思います。この機会に改めてパブリック・アートに感じた可能性があったらお聞かせください。
パブリック・アートの役割のひとつは、その作品に対するアクセシビリティを上げることだと思うんです。ここで出合った作品を入口に、その作品の背景、そしてその先にあるものにも興味をもっていただける機会があるはずです。また、その体験をきっかけにどこか違う場所のパブリック・アートに興味を抱くかもしれないし、このビルの建物自体を面白いと思うかもしれません。迂回したり、回り道をしたりするのもこの展示の「螺旋」というコンセプトと共鳴します。作品をきっかけに、鑑賞者の方々が新しい何かを感じたり考えたりしていただけたとしたら、それこそがパブリック・アートの大切な役割のひとつなのではないでしょうか。