日本独自企画のデイヴィッド・トゥープの自伝である。トゥープは、1960年代後半から活躍する音楽家だ。音楽家と一語で書いたものの、その仕事は多岐にわたり、作曲と演奏にとどまらない。理論家として、ライターとして、編集者として、キュレーターとして、音楽というカテゴリーのあらゆる職掌に関わっている。そもそも現代において、音楽という領域の広大さは、思いつくままに挙げてみてもポピュラー・ミュージック、民族音楽、現代音楽、実験音楽、音響詩、サウンド・アートといった際限のないものとなり、メディア環境の変化と軌を一に、スタイルも流通のあり方も変化し、拡張し続けている。こうした時代の変化のなかで、音楽家として、独自の地位を築いてきたトゥープの自伝は、その活動を知る者には当然必読だが、彼を知らない読者にとっても興味深い魅力を持つはずだ。
若き日のトゥープは、美術大学に身を置き、音楽を専門的に学んだわけではなかったが、ポピュラー・ミュージックと実験音楽を独自の関心から吸収した。その音楽性は、オルタナティブな観点から評価を得たが、決して万人受けするものでは無かった。トゥープは、こうした独自の道を継続し、イギリスのみならず世界に向けて新たなシーンを切り拓いてきた。新たな価値観を世に知らしめるために演奏し、主張の理解を促すために理論書を書き、ジャーナリズムにおいても多様な音楽の紹介に務めた。他方、本書で何度となく言及される、生活のため、経済的な余裕を得るための執筆は、オルタナティブであるが故に直面せざるを得ない多くの問題を、乗り越える手段であり、結果的にトゥープの仕事の幅を拡げることになった。こうした仕事を契機に、様々な領域の音楽家たちとの交流がはかられ、極私的な多くの出会いが、トゥープの活動を支えてきたという表明は、自伝ならではの面白味である。
特に私にとって興味深い点は、本書で書かれていることは、オルタナティブが権威化(エスタブリッシュ)していくプロセスの記録でもあるということだ。事実トゥープは、様々な啓蒙活動を通じて、新たな音楽シーンを形成し、大学制度に収めたのだから。
最後に、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]の主任学芸員、畠中実による寄稿に注目しておきたい。日本において、サウンド・アートを専門的にあつかってきた眼差しが、世界の動向をどのようにとらえてきたのかが伺われ、とても興味深い。
(『美術手帖』2017年8月号「BOOK」より)