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櫛野展正連載「アウトサイドの隣人たち」:アートが「仕事」になる

ヤンキー文化や死刑囚による絵画など、美術の「正史」から外れた表現活動を取り上げる展覧会を扱ってきたアウトサイダー・キュレーター、櫛野展正。2016年4月にギャラリー兼イベントスペース「クシノテラス」を立ち上げ、「表現の根源に迫る」人間たちを紹介する活動を続けている。彼がアウトサイドな表現者たちに取材し、その内面に迫る連載。第35回は、紙製のデコトラをつくり続ける伊藤輝政を取り上げる。

文=櫛野展正

伊藤輝政

 数年前、『ヤンキー人類学』という展覧会を構想しているとき、広島市で開催された公募展のパンフレットで見つけたのが、伊藤輝政という名前だった。そこに掲載されていたのは、3点ほどの小さな紙製のデコトラ(デコレーショントラック)で、大きな期待はせずに僕は広島市にある作者の自宅を訪問した。

 広島市にある小高い住宅街の一角で、伊藤さんは両親と暮らしている。玄関で両親に挨拶をしていると、奥の部屋から伊藤さんがやってきた。歳は僕より1つ上。ずいぶん色白の人というのが第一印象だった。母親に話を伺うと、出生時から心臓に障害があり、その影響で極端に運動が制限されるため、これまで生活のほとんどを自宅で過ごしてきたという。そんな彼がデコトラをつくり始めたのは、幼少期に観た菅原文太の映画『トラック野郎』シリーズがきっかけだ。この映画がブームとなり、電飾で飾りペイントを施して走るデコトラが全国で流行したが、彼がつくり始めたのは紙製のトラックだった。

伊藤輝政による紙製のデコトラ
伊藤輝政による紙製のデコトラ

 階段を上がり彼の部屋に入ったとき、僕は思わず息を飲んだ。部屋をぐるりと囲む棚には、デコトラはもちろん、消防車やクレーン車など様々な手づくりの特装車が並べられていた。なかには、白や黒の塗装が施された街宣車まである。雑誌やインターネットで見た実在の特装車たちを見事に三次元化し、幼少期から誰に見せるわけでもなく、約30年間で700台ほどをつくり続けてきたそうだ。父親も定年して彼の部屋を覗くようになって、初めてその存在を知ったらしい。こんなにも多量の作品がほとんど誰にも知られることなく密かに制作されてきたことに僕の心は打ちのめされてしまった。おそらく『24時間テレビ』のような番組で取り上げられると、“ひたむきに障害を乗り越えて作品制作に没頭する男性”のような美談になってしまうんだろうけど、彼の机にはデコトラ専門誌「カミオン」や聖飢魔II、そして布袋寅泰のCDが並んでいる。普段は、ロックを流しながら制作しているというから、なんて格好良いんだろう。すぐに出展を打診し、快諾していただくことができた。

伊藤輝政の自室

 展覧会の準備で伊藤さんの紙製トラックを並べているとき、「常勝丸船団」という名前が多いことに気づいた。電話で確認したところ、「一番好きなトラックチームなんです」とのこと。常勝丸船団は、岡山県新見市で自動車架装業を営む(有)真壁商会に拠点をおくアートトラックチームで、業界でも抜群の知名度を誇っている。会長を務める真壁宣広さんは、トラックの運転手を経て、兄が結成した「常勝丸船団」を引き継ぐかたちで、会長職に就任。1987年からは「子ども達に夢を」をモットーに、チャリティーイベントを主催するなど社会貢献活動にも力を入れている。伊藤さんのことを真壁さんに伝えたところ、「それなら伊藤さんのためにチャリティショーを開催しよう」ということになり、全国各地から16台のデコトラが集結。その様子をひと目見るために、地元の改造車を始め、九州や鳥取からデコチャリチームも駆けつけた。もちろんそこに伊藤さんの姿もあり、伊藤さんは常勝丸船団チームをモデルにした紙製トラックをプレゼントするなどして交流を深め、じつに多様性あふれるイベントになった。

伊藤輝政による紙製のデコトラ

 しばらく経って、とある展覧会場で再会した伊藤さんから株式会社ネストロジスティクスと書かれた名刺をもらった。両親に話を伺うと、彼のベッドを購入した際、引っ越し会社のドライバーが自社の紙製トラックがあるのを目にした。伊藤さんがそれを提供したところ、その会社の社長が目にすることとなり、伊藤さんは障害者雇用の枠で正式採用されることになったそうだ。運送会社への就職ということで、話を伺ったとき、僕は伊藤さんの身体のことをとても心配した。でも、伊藤さんの働き方は、とてもフレキシブルだ。会社へ出勤するわけではなく、朝会社に作業開始のメールを入れ、夕方には作業終了のメールを入れる在宅勤務だ。自室で交通安全運動の一環として、会社のトラックなどをペーパークラフトで再現するなど、得意の創作能力を存分に役立てているという。

伊藤輝政による紙製のデコトラ

 障害者が生み出すアートの分野では、企業などと連携して障害者のアートを活用した経済的自立や雇用を目指す動きが始まっている。ところが、その多くはグッズ販売など一過性のものであるケースが多く、まだまだ発展途上の分野である。仮につくったものが商品化されたり展覧会に出展されたりしても、一時的にお金を得ることができる程度で、それはそれとして生活のために働かなければならないという現状を多くの人たちは打破することができていない。そうしたなかで、彼のように好きなことがお金になる仕組みはとても新しいし、何より理解を示してくれた会社の方針が素晴らしい。「変わるべきは障害のある人ではなく、周囲なのだ」ということを改めて僕は感じている。ひと通り伊藤さんから仕事の話を伺った後、「あれっ、今日は外出しても大丈夫なの」と問うと、彼は笑顔で教えてくれた。「これ、出張扱いなんです」と。

編集部

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