金澤韻連載「中国現代美術館のいま」:巨大な燃油タンクから見たコレクターの柔軟な感性──「TANK」

経済発展を背景に、中国では毎年新しい美術館・博物館が続々と開館し、ある種珍異な光景を見せている。本連載では、そんな中国の美術館生態系の実態を上海在住のキュレーター・金澤韻が案内。第2回は、2019年3月に開館した「上海油缶芸術中心」(TANK)をお届けする。

文=金澤韻 All images courtesy of TANK Shanghai

上海油罐芸術中心(TANK Shanghai)の外観
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 「上海油缶芸術中心」、英語表記で「TANK Shanghai」(以下TANK)は、2019年3月、上海のウェストバンド地区にオープンした

 ウェストバンド地区とは、2010年代から上海市政府主導で計画が進められている、徐匯区に位置する文化エリアである。地下鉄11号線の雲錦路駅から徒歩10分のこの地区が、いまでは現代美術ファンにとってまず訪れるべき場所になっている。2010年代に、普陀区のM50文化圏にあったいくつかの国際的なギャラリーがウェストバンド地区に移動し、2014年にはロン・ミュージアム(龍美術館)、ユズ美術館が開館。2015年には中国最大級のアートフェア、ウェストバンド・アート&デザインもこの地でスタートした。TANKの隣にはポンピドゥー・センターと提携する西岸美術館、斜向かいにはウェストバンド・アートセンターがある。すぐ裏手の黄浦江沿いには広い遊歩道が整備され、気候のよい季節には散歩するのも気持ちいい。

 TANKは、かつて中国最古の空港として存在した上海龍華空港の燃油タンクをリノベーションしてつくられている。1号と2号タンクはそれぞれ入り口が独立した展覧会場で、3〜5号はお互いをつなぐようにデザインされた建物のなかにある。手掛けたのは中国の建築スタジオ「OPEN Architecture」。ちなみに前回ご紹介したUCCAの2館目、UCCA Duneも彼らの手によるものである。

上海油罐芸術中心(TANK Shanghai)

 丸屋根式の燃油タンクが展覧会場として再生された例は、世界でも珍しいだろう。この円形──一番高いところでは15メートルにおよぶ──を生かしたサイトスペシフィックな展示がいくつも行われてきた。私の記憶に残っているところでは、高偉剛(ガオ・ウェイガン)が、光の矢を思わせる照明の造形、山の絵画を山の中で描いて燃やす映像、パリパリと割れる鉱物のようなものが敷き詰められたフロアなどを組み合わせ、時空を超えたひとつの異世界を表現した展示が見事だった。またシアスター・ゲイツは1980年代をほうふつとさせる、ディスコ的なローラースケートリンクを出現させた。それは実際に観客がローラースケートを履いて楽しむことができると同時に、公民権運動を含む社会と民衆のこれまでを俯瞰するようなインスタレーションだった。

「Theaster Gates : Bad Neon」展(2021年3月19日〜8月29日)の展示風景より

 展覧会ラインナップは、現代美術の国際的プレイヤーと、中国人若手作家を意識的に織り交ぜている。これまで、アドリアン・ビジャール・ロハス、シプリアン・ジラード、ミヒャエル・ボレマンス、リュック・タイマンス、マーク・マンダースなど、現今のグローバル・アートシーンを牽引する作家たちの作品が、ほぼ途切れることなくやって来ている。また同時に、開幕展「Under Construction」で示されたように、張培力(ジャン・ペイリー)、徐震(シュー・ジェン)、唐狄鑫(タン・ディシン)、胡曉媛(フ・シャオユエン)、何翔宇(へ・シャンユ)ら、国際的なステージで活躍する中国現代美術家たちの展示にも力を入れる。ロンドンを拠点に活躍するペインター、張月薇(ヴィヴィアン・ジャン)の個展や、賈靄力(ジア・アイリ)の巨大な絵画展も見応えのあるものだった。TANKではこのような展示をつねに2、3同時開催し、現代美術の幅を表現している。

開幕展「Under Construction」(2019年3月23日〜8月24日)の展示風景より
「Convex/Concave: Belgian Contemporary Art」展(2019年10月31日〜2020年1月12日)の展示風景より