天王州を拠点に、アートの魅力を発信し続けている寺田倉庫。これまでも「PIGMENT TOKYO」や、「WHAT」からTikTok LIVEの配信を行ってきた。今回の舞台となるのは「WHAT MUSEUM」に隣接する模型保管庫だ。
模型保管庫は、寺田倉庫が運営する現代アートのコレクターズミュージアム「WHAT MUSEUM」に隣接した建築模型に特化した展示・保管施設であり、30以上の建築家・建築事務所から600点以上の建築模型を預かり、保管・展示を行う。「WHAT MUSEUM」入館者限定のオプションツアーとして「模型保管庫見学」を開催していたが、現在期間限定で単体のツアーを開催している。
解説を担当するWHAT MUSEUM 建築倉庫ディレクターの近藤以久恵によると、建築模型は研究的価値が非常に高いものの、スペースに制約がある建築事務所も多く、適切に保管されずにいることが多いという。この問題を解消するために2016年に生まれたのが建築家や設計事務所より建築模型を預かり、保管しながら見せる建築倉庫ミュージアムで、現在はWHAT MUSEUMの建築倉庫プロジェクトとして建築にまつわる企画展の実施や模型保管庫を運営している。
竣工後の姿を示すプレゼンテーション模型
最初に紹介するのは隈研吾建築都市設計事務所による「浅草文化観光センター」の建築模型。観光案内所や会議室、多目的ホールなどの機能が木造住宅を積み重ねたようなデザインに詰め込まれている、新しい浅草のシンボル的存在だ。
この模型は設計する建物だけではなく、敷地周辺の道路や建物もあわせて制作されている。雷門などその土地のランドマークとなるものや周囲の環境を再現することで、設計する建物と周辺環境との調和も含め、直感的なイメージの共有が可能となる。同様の検討はCGやパースを使っても可能だが、模型をつくることで、よりリアルな街の景観を再現し、イメージの共有が可能となる。
同じく隈研吾建築都市設計事務所が設計した「小松精練 ファブリックラボラトリー fa-bo」は、耐震補強材として炭素繊維製の素材を用いたリノベーション建築。繊維を耐震補強に用いるのはこの建築が世界初だという。
これらの竣工後の姿をあらわす建築模型は、一般的にプレゼンテーション模型と呼ばれており、建築家と施主とのイメージの共有などに利用されている。
建築家の思考のプロセスがわかるスタディ模型
プレゼンテーション模型のほか、建築模型には建築家の思考の過程で、設計内容やデザインを検討するためにスタディ模型と呼ばれる建築模型がつくられることもある。
いくつも連なる橋のスタディ模型。これらは隈研吾建築都市設計事務所が中国のリゾート計画のために制作したもの。建築と同様に橋の模型を使い、意匠や構造を検討していく。設計のフェーズが進むにつれ、模型の大きさは徐々にスケールアップしていくという。
あらゆる角度から検討を重ね、つくられるスタディ模型を通して、生まれるアイデアや発見も多い。これらのスタディ模型は建築家のアイディアやデザインの変遷を研究する際に非常に役立つ資料であるが、廃棄されてしまうことも多い。
南三陸に架けられた中橋は、検討段階のスタディ模型と完成型のプレゼンテーション模型が並んで展示されている。2つの模型を並べることで、完成に至るまでに多くの案が検討されていることもわかってくる。
フォルムが美しい構造模型
建築模型のなかには、建物ではなく建物を司る骨組みだけを抜き出した模型、いわゆる構造模型というものも存在する。構造だけをつくり出す構造家による構造模型は、抽象的で非常に神秘的だ。
リボンチャペルは広島県尾道市のリゾートホテルにある教会。NAP建築設計事務所の中村拓志が設計を担当し、構造設計をArupの柴田育秀が担当した。構造を二重らせんで組んでおり、らせん同士を4ヶ所で締結することで安定した構造体をつくり出している。設計した二重らせんには、結婚式でのバージンロードをイメージしたコンセプトが込められている。
幻の建築 アンビルト模型
建築物のなかには設計はされたものの、実際に建設されることなく幻の計画で終わってしまう、「アンビルト」と呼ばれる建築も少なくない。模型保管庫ではアンビルト模型も数多く保管・公開している。
横河健が手掛けた「黒川紀章別邸 ゲストハウス」は、国立新美術館や中銀カプセルタワービルで知られる黒川紀章の別荘の敷地に隣接するかたちで設計されたゲストハウスだ。既存の別荘を取り囲むようなかたちでデザインされている。設計はほぼ完成し着工を待つのみであったが、施主の黒川が亡くなってしまい、未完のプロジェクトとなったものだ。
香山壽夫による聖イグナチオ教会計画案は1991年に行われた教会の建て替えコンペ案で提出されたものだ。残念ながら次点となり、実際の建設には至らなかった。かつての教会の記憶を留め置くために、旧教会のステンドグラスの移設や、敷石をそのまま残すなどの提案も施されている。
建築模型は世界観もつくり出すため、建築家は様々な素材を使用する。聖イグナチオ教会計画案の模型は合板でつくられており、植栽の模型にはへちまの繊維が使われている。この素材の使い方もまた、建築模型の見どころのひとつだ。
巨匠の名建築を模型で楽しむ
名建築を見るために遠方まで容易に出かけられない現在でも、模型保管庫を訪れたら名建築を堪能することができる。
坂茂によるハノーバー国際博覧会 日本館は2000年設計のパビリオン。紙の住宅で知られる坂茂は、ここでも紙管を利用しグリッド・シェル構造のパビリオンを設計した。屋根の膜材も防火性能、防水性能を兼ね備えた紙製の膜材を使用している。これらの素材はすべてリサイクルや利用が可能な素材で、サステナブルを先取りした作品だった。
山本理顕のロトンダは、1987年製。模型保管庫で保管している建築模型のなかでも一番古い建築模型だ。低層部が事務所で上層部が集合住宅となっている。現在は3Dプリンタなどでつくり出すことが多い建築模型だが、屋根の部分をよく見るとはんだ付けで固定されており、建築模型から技術の発展を見出すことができる。
このほか、オンデザインパートナーズやシーラカンスアンドアソシエイツなどの設計事務所の模型など、様々な建築模型が紹介されたほか、「WHAT MUSEUM」で2021年5月30日まで開催されていた「謳う建築」展のサテライト展示なども紹介し、濃密な内容が配信された。
今回のTikTok LIVE配信で、55分間の配信中に500人以上のフォロワーが増加した。また、「どこにあるの?」「なんのための施設なの?」という質問が相次ぎ、これまでにない層に建築模型や模型保管庫、そして寺田倉庫の取り組みが届いていることが運営側にも実感できたようだ。
また、建築を学ぶ学生も数多く視聴し、建築模型の使用素材など細やかな質問のほか、「刺激を受けた」「実際に見に行こうと思う」など、好意的なコメントも数多く寄せられた。
LIVE配信は、作品や担当者、アーティストの声を直接ユーザーに届けられ、またダイレクトに反響が得られるため双方にとっても大きな実りになる。これまで、そしてこれからの寺田倉庫とTikTokの取り組みは、国内外のギャラリーや美術館にとっても大きな参考となるはずだ。