THEATRE for ALLで試みる、アートでのバリアフリーの実現。毛利悠子インタビュー

パフォーミングアーツ、映画、メディア芸術を対象に、視覚・聴覚情報・言語を中心にバリアフリー対応を施したオンライン型劇場「THEATRE for ALL(以下、TfA)」が2月5日にオープンした。同プロジェクトに参加したアーティストの毛利悠子に、TfAの課題とどのように向き合いながら制作に取り組んだのかを聞いた。[THEATRE for ALL×美術手帖]

聞き手=安原真広(ウェブ版「美術手帖」編集部)

毛利悠子、東京・浅草の仮設スタジオにて 撮影=稲葉真
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 パフォーミングアーツ、映画、メディア芸術を対象に、日本語字幕、音声ガイド、手話通訳、多言語対応などを中心にバリアフリーへの対応を施した、日本初のオンライン型劇場「THEATRE for ALL(以下、TfA)」が2月5日にオープンした。

 この事業は、文化庁令和2年度戦略的芸術文化創造推進事業「文化芸術収益力強化事業」に採択され、バリアフリーで映像や番組を配信するもの。新型コロナウイルスで外出困難となった人や、障害や疾患、育児や介護などを理由に劇場や展示鑑賞が困難な人たちに対して開かれた、誰もが好きなときに好きな場所から芸術に親しめる場の実現を目指す。

 同プロジェクトに参加したアーティストの毛利悠子は《I/O》を再制作。これは、2011年の発表以降、アップデートを続けている、たゆんだロール紙が床にある埃などを掬い取りながら、ハタキやブラインド、電球と連動して動くインスタレーション作品だ。

 今回の再制作では、その制作過程から詩人の大崎清夏、映像作家の玄宇民が参加し、TfAのための動画作品をつくりあげた。TfAの課題とどのように向き合いながら制作に取り組んだのか、3人による作業によって発見できたものや、次につながるテーマについて、毛利に聞いた。

THEATRE for ALLのために制作された毛利悠子《I/O》(2011/2020)の映像作品の一部 制作=玄宇民

──TfAの「バリアフリー」や「eラーニング」といったコンセプトに対峙したとき、毛利さんはどのように取り組もうと考えましたか?

 今年は新型コロナウイルスによって、参加予定だった展覧会やイベントが中止や延期となることが多く、これまでのように展覧会に向けた作品制作を繰り返す時代ではなくなったと感じていました。そうした状況のなかで今後の制作について考えをめぐらせていたところに、TfAへの参加のお誘いをいただきました。

 正直、TfAが目指す「バリアフリー」や「eラーニング」といった言葉はあまり親しみがないものでした。そういったことを考えて作品をつくってきたわけではありませんでした。だから、その言葉の中心にある意味ではなく、その外縁にありそうな共通項を探り自分には何ができるのか、そのアプローチから練り始めました。

 バリアフリーやeラーニングを念頭にすると、どうしても作品が説明過多なものになってしまう印象があります。例えば、3DCGでモデリングした作品をウェブ上につくり、会場に行かなくても鑑賞できるとか、インターフェースを開発してその場にいるかのようにサービスをつくるといったものは容易に思いつきます。ただ、個人的にはそうした試みを”作品”としておもしろく仕上げられるとも思えず、また、そういったアプローチがアーティスティックなのかどうか、疑問もありました。

 それなら、私は純粋に作品をつくり、プロフェッショナルである他者にそこからの広がりを依頼するほうがいいのではという発想にいたりました。そして、詩人の大崎清夏さん、映像作家の玄宇民さんとコラボレーションする形式に落ち着いたんです。

THEATRE for ALL メインビジュアル

──TfAに合わせて、浅草にあるビル内の仮設スタジオで制作されたのが《I/O》ということですね。

 《I/O》自体は2011年からアップデートを続けた過去作で、東京都現代美術館と香港のM+に収蔵されています。そのふたつとは異なるバージョンとして新たにつくりましたが、今回はどちらかというと再制作に近いという認識です。そこで「I」と「O」に違う意味を持たせながら《I/O》を作品化し、TfAのコンセプトにあったかたちで新たに登場させようと考えました。

毛利悠子 I/O 2011/2020 撮影=新津保建秀

──大崎さん、玄さんという人選は、どういった考えやつながりから決まったのでしょうか?

 大崎さんとのコラボレーションをするのは初めてではありませんでした。12年に開催された、東京都現代美術館の敷地内にパヴィリオンを建てて作家が作品を発表する「ブルームバーグ・パヴィリオン・プロジェクト」で私がインスタレーションを制作したとき、大崎さんが自発的に詩を書いてブログにあげてくれました。私はそれにいたく感動しました。自分が思っていたのとは違う景色、客観的ではあるけれど個人的な言葉を使って表現されている「詩」という表現形式が興味深く思えたんです。

 インスタレーションは一過性のものが多く、終わったら撤去されてしまうものなので、どのように記録に残すのか、ということはつねに思案しています。私は自然光や風といった、その場に立ち会うことでニュアンスが伝わる要素も含めて自分の作品だと考えてきたので、単純に写真や映像を撮って解説文を添えるのではなく、大崎さんの詩の力が作品を残していく重要な要素になってくるのではないかと考えました。

 玄さんはアーティストの藤井光さんや小泉明郎さん、また演劇団体の岡崎藝術座と映像をつくっている作家で、今回知人に紹介されて初めてお目にかかったんです。詳細はのちに述べますが、私の作品において重要となる時間軸をすくい取ってくれました。

 このようにして3人は、大枠を決めただけで、具体的に何をやるかは決めずに集まったわけです。

──実際に集まってみて、創作に向けてどのような話し合いをされたのでしょう?

 最初に集まったときは、何をやればいいのか、私も大崎さんも玄さんもとまどっていました(笑)。でも、とりあえずの目標として、バリアフリーやeラーニングをアーティスティックに消化したいとなったときに、説明過多なものよりも、イマジネーションが広がる要素を映像に織り込めたらという話をしました。

 大崎さんは、美術館でもギャラリーでもないビル内の仮設スタジオで、何をつくっているのかを言葉にしてみようということになりました。玄さんは、言葉で記録するのが難しい、時の流れや光のうつろいを映像に残すということを始めました。

 いまふりかえってみると、つくりかたそのものを3人で開発しなければならないプロジェクトでしたね。最終的なゴールが展覧会ではないので、私の作品の相貌がこの場所で時間を経ながら変わっていく、そのこと自体を残すことにしたんです。

 ふたりには制作段階から仮設スタジオに通ってもらい、作品だけではなく、環境もふくめて、この場所を散文や詩、映像にしてもらいました。

大崎清夏による詩を手にする毛利悠子 撮影=稲葉真

──最終的には、どのような役割分担とプロセスを経て映像ができあがったのでしょう?

 まず大崎さんに、スタジオで書き溜めた言葉を詩にしてもらいました。それをいちど私が朗読した時間を計り、その長さにアタリをつけて玄さんが撮影していきました。その後、声優の方に詩を仮読みしてもらい、玄さんが映像に音声を仮ミックスして編集。それをまた大崎さんが見て詩を再校し、文章がようやくフィックス。スタジオで朗読を正式に録音し、映像を微調整しながらミックスして仕上げるという方法にしました。

 この方法は当初から計画していたものではなく、みんなで集まり、話し合い、行ったり来たりしながらつくった方法なので、ある意味発明に近い(笑)。みなさん、時間のないなかでとても丁寧に取り組んでくれました。ジャンルは違えど、新しいものをつくりあげるという意味では、すごく新鮮で貴重な体験ができました。

──ふたりの意見を取り入れながら、毛利さんの《I/O》も変わっていったのですか?

 基本的に、インスタレーションの内容自体はもとからあるものと大きく変わりませんでした。先に言った「再制作に近い」というのは、そういう意味も込めています。ただ、《I/O》は光に影響される作品なので、窓を開けたら差してくる光を映像に撮るとか、曇り空のほうが光を瞬かせるのに適しているから空が曇るまで待つとか、そういうことを映像に取り入れたので、作品の置かれた環境には意識的になれたと思います。そういう部分、時間の質的な経過と呼べそうな要素は作品解説には書かれづらいものですから、玄さんに記録してもらえてよかったですね。とても繊細な映像づくりでした。

 朗読、字幕、録音、映像といろいろな方法を織り交ぜて記録しているので、目が見えない方でも時間のうつろいを音で感じられるし、耳が聞こえない方でも映像から音を感じられるんじゃないか、と。眺めていたり、聞き流したりするだけでも気持ちいい、そういった境地までいければいいねと3人で話していました。

毛利悠子 I/O 2011/2020 部分 撮影=稲葉真

──2015年のプロジェクト「感覚の観測──《I/O ある作曲家の部屋》の場合」(アサヒ・アートスクエア)で毛利さんは、展示のためのあらゆる環境条件を計測し、作品展示のためのインストラクションを公開制作しました。かねてより毛利さんは作品を制作段階から残し、再現性を保つということに意識的だったように思いますが、今回のTfAでもその経験は生かされたのでしょうか?

 動く作品や壊れる作品を美術館やコレクターさんにコレクションしてもらうとなると、どうやって保存して再現性を保つのか、考えざるを得ないわけです。作品のアップグレードは10年以上続けていて、バージョンが新しくなるたびに扱いやすく、保存も効き、代替可能な部品を使えるようにもなっています。いっぽうで、安定すればするほど、刹那的なことに対する愛おしさがつのるというジレンマもあります。

 今回、映像を制作するなかで「こういうシーンを残したかった」と感じる瞬間が多々ありました。日が昇ってきたときにセンサーが反応した電球の光とか、毛羽たきの立てたホコリとか、これまでも私が制作やインストール段階で体験したり見たりしてきたもの。そういった要素が記録に残るだなんて想像したことがなかったので、映像として残すことができたのは発見でした。玄さんのまなざしは本当にすばらしくて。

毛利悠子 I/O 2011/2020 部分 撮影=新津保建秀

──新型コロナウイルスによって様々なアーティストが作品の発表形態を模索していますね。今回のプロジェクトはほかのアーティストが参考にできるという観点でも、有意義なものと言えるのではないでしょうか?

 どのアーティストも課題に感じているでしょうね。ただ、みんなが実験的になっている現在の状況は、ポジティブな面も多いと思っているんです。これまでは、作品をつくったら美術館やギャラリーに出す、というルーティンになってしまいがちでしたが、そのフォーマット自体を問いながらいろいろな試みをできることは、単純に楽しいですね。

──TfAはバリアフリーという言葉にとらわれず、広く多くの人が作品を体験鑑賞できる契機になるプロジェクトだと思います。

 私の作品は難しいと評価されることもあるのですが、じつは、子供や犬にはアピールするみたいで、楽しそうに見て単純に喜んでくれることも多いんです(笑)。ある意味、私も含め、大人の頭が凝ってしまっているのかもしれないな、と。そこを更新して「バリアフリー」を実現するという意味でも、今回は結構楽しい作業でした。説明しすぎず、断定せず、想像の余地を残す。それは今後も継続的な課題になると思います。

 作品をつくるとき、私は普段暮らしている街や生活のなかからインスピレーションを受けているわけで、多くの人と何ら変わりません。今回は、制作したビルの隣を流れる隅田川の、水面のきらきらとした輝きを詩や映像にしてもらいましたが、そういった感情以前の何かが、見る人の生活につながっていくとうれしいです。

 1月末に、映像のモニター検討会があり、目の見えない方や耳の聴こえない方に視聴してもらって、フィードバックをいただける予定です。私たちが考えたアイデアをそれぞれが違うかたちで感受してもらえたらと、期待しています。

──今回のプロジェクトから生まれたもので、毛利さんの制作として今後発展していくものがあるのでしょうか?

 今回のような試みは今後も続いていくと思います。この現場で得たインスピレーションはあったし、引き続き大崎さんや玄さんとのコラボレーションもいろいろと試していきたい。こうした時代だからこそ、新しいものが生まれる機運が高まっているので、TfAに参加するほかのアーティストの動きも楽しみです。

毛利悠子 撮影=新津保建秀