これまで、この連載では多くの方にアートを購入したいきさつを聞いてきました。そこで、アートコレクターとして作品を購入していく流れには、「住まい」が深く関わっていることを感じてきました。目的は、「自室を飾りたい」。そのため、コレクションのきっかけが引っ越しや新居の購入という方が多いように思います。私自身もコレクターになったきっかけは引っ越しでした。
今回ご紹介する武富恭美さんは、住まいや学校、美術館などを設計する建築家。建築事務所を経営しながらも、約25年のアートコレクション歴を誇るベテランです。そんな「空間のプロ」である武富さんはどのようにして作品を選んできたのでしょうか。
建築家としてのスタートは、世界的な建築家として知られる磯崎新さんの設計事務所。ファーストコレクションは1996年。結婚した際、仲人の磯崎さんから結婚祝いとしてプレゼントされたシルクスクリーン作品でした。
「建築家として尊敬する磯崎さんから、私たち夫婦の名前を記してシルクスクリーンをいただき嬉しかったですね」と武富さん。
磯崎さんは、自らが設計した建築をその都度、シルクスクリーン作品として残していたそうです。磯崎さんの妻は、彫刻家として有名な故・宮脇愛子さん。武富さんのコレクション作品の半分は2人の版画作品が占めているそうです。
その後、自身で最初に作品を購入したのは1999年。30歳のときに出会ったアンディ・ウォーホルの《ドラキュラ》です。
いまはなき新宿三越南館が閉館する直前のことでした。「閉館時の外商セールに行くと、数多くのウォーホルのシルクスクリーン作品が展示されていました。以前、美術館で見たときにしばらく作品の前で動けないほどじっと見つめてしまった作品がそこにありました。美術館で見た、あの作品が展示販売されている、と衝撃を受けました。このドラキュラ作品の色使いに魅了されて、これまでで一番高い買い物でしたが、即決で迷いなく購入しました。購入して以来、一度もしまわずにずっと自宅に飾っています」と武富さん。
2作品目は、オークションで購入した李禹煥のリトグラフ。「版画作品が好きで、複製技術からつくられたアートに魅力を感じる」とのことで、武富さんのコレクションのほとんどがシルクスクリーン作品なのも、それ故だそうです。
1954年に画家・吉原治良を中心に結成された前衛美術集団「具体美術協会(具体)」。武富さんは具体も好きで、「人のマネをするな」という吉原治良の言説が好きでコレクションしています。吉原は、キャリア初期に藤田嗣治にアドバイスを受けていたそうで、「両作品を並べて飾っているのは2人の関係へのオマージュです」と武富さんは解説します。