シカゴのミレニアム・パークを歩くとひときわ目を引く巨大な銀色の彫刻が見える。アニッシュ・カプーアの《クラウド・ゲート》(通称ビーン(豆))という作品で、すっかり公園のシンボルになっている。
このように、公園などの公共空間に設置される芸術作品を「パブリック・アート」という(*2)。パブリック・アートの特徴として、アートに興味のない人も含めて日常生活のなかで作品が広く一般の人の目にふれることが挙げられる。また、景観との調和が求められ、作品のサイズが巨大なものも多い。
展示期間の観点からすると、(a)パーマネント(恒久的)な作品と(b)テンポラリー(一時的)な作品に分けられる。一般にパーマネントな作品には制約が多く、耐久性の問題があり、周囲の環境の変化に伴い撤去されるケースもある。
日本でもパブリック・アートを目にする機会は多いが、どのような範囲で利用できるのかをご存知だろうか? 今回は日本でのパブリック・アートの利用ルールを解説していこう。
パブリック・アートを撮影して写真をSNSに投稿したり、ブログで使用したりしてもよいですか?
例えば、東京ガーデンテラス紀尾井町で筆者が撮影した大巻伸嗣《Echoes Infinity ~Immortal Flowers~》(2015−2016)。この写真をSNSに投稿してよいか?
答えはオーケーである。公共空間に設置されたパブリック・アートについては、「屋外恒常設置」と呼ばれる著作権の効力を制限する規定がある(著作権法46条)。公共空間に恒常的に設置されている作品については、一般の人が広く利用できるようにしよう、というのがこの規定の存在理由である。
第46条(公開の美術の著作物等の利用) 美術の著作物でその原作品が前条第二項に規定する屋外の場所に恒常的に設置されているもの又は建築の著作物は、次に掲げる場合を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。 一 彫刻を増製し、又はその増製物の譲渡により公衆に提供する場合 二 建築の著作物を建築により複製し、又はその複製物の譲渡により公衆に提供する場合 三 前条第二項に規定する屋外の場所に恒常的に設置するために複製する場合 四 専ら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し、又はその複製物を販売する場合
この規定では、「美術の著作物でその原作品が…屋外の場所に恒常的に設置されているもの…は、次に掲げる場合を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる」という内容になっている。
注意点としては、あくまで屋外の場所に「恒常的に」設置されている作品に限られる点だ。
「一時的に」設置されている作品には、この規定は使えないので、SNSへの投稿やブログへの使用は著作権者の許可が理論的には必要になる。
例えば、KAWSのパブリック・アート・プロジェクト「KAWS:HOLIDAY」では、KAWSのキャラクター「コンパニオン」が韓国(2018年7月19日〜8月19日)、台北(2019年1月19〜27日)、香港(2019年3月22〜31日)、日本(2019年7月18〜24日)と世界各地を周遊している。
このようなパブリック・アートの「一時的な」設置には、屋外恒常設置の適用はない。また、台北の際は筆者も現地で見たが、SNSへの投稿に関する表示はとくに見当たらなかった。
もっとも、実際はSNSへの投稿が容易に予想される状況でとくに明示して禁止されていなければ、著作権者が事実上許諾しているケースが多いように思う。ここはグレーゾーンなのである。
パブリック・アートと同じ彫刻を自ら制作して設置してもよいですか?
これはもちろんダメ。公共空間に作品を設置しても著作者であるアーティストに著作権がある。そのため、他人がパブリック・アートと同じ彫刻を無断で制作すれば、作品の著作権侵害(複製権侵害)になる。
例えば、2015年、中国の新疆ウイグル自治区のカラマイ市にカプーアの《クラウド・ゲート》に似た作品《Big Oil Bubble》を設置したケースが広く報道された。
この作品が《クラウド・ゲート》の著作権侵害になるかは細かく全体を比較しなければ判断できないが、公共空間に設置されても、アーティストが著作権を放棄したことにはならないと理解しておこう。
パブリック・アートを撮影した写真をアーティストの許可なくポストカードとして販売してもよいですか?
写真撮影は誰もが日常的に行っているが、撮影した写真を販売して利益を得てもよいだろうか? ひとつ具体例を紹介しよう。
クリスト&ジャンヌ=クロードの作品に、ベルリンに所在する旧ドイツ帝国国会議事堂を布で包んだ《包まれたライヒスターク(Wrapped Reichstag)》がある。このプロジェクトは構想から1995年に実現するまで24年間を要したが(許可を得るのが大変!)、実際に一般に向けて公開されたのは14日間であった。
この作品の写真を使ったポストカードを販売した広告代理店に対して、クリスト&ジャンヌ=クロードが作品を無断で複製されたといって著作権侵害の裁判を起こした。
いっぽう、広告代理店は、ドイツ著作権法の「パノラマの自由」と呼ばれる規定によってポストカードの販売が許されると反論した。
「パノラマの自由」は、著作権者と利用者の利益のバランスをとるための規定で、「公共の道路、街路又は広場に恒常的に設置されている著作物を、絵画若しくはグラフィック・アートの方法により、写真により、又は映画により複製し、頒布し、又は公衆に再生することは、許される。…」と定められている(*4)。
つまり、公共の場所にずっと設置されている著作物については、誰でも自由に絵を描いたり、写真撮影したりしてもよいということであり、これは商業利用でもよい。先ほど紹介した日本の屋外恒常設置と似た規定である。
ドイツ最高裁の結論は著作権侵害になる、つまり、ポストカードの販売は違法ということだ。《包まれたライヒスターク》は14日間のプロジェクトで「恒常的に設置」されたわけではない。
これは日本でも同様の結論になるだろう。まず、ドイツと同じように《包まれたライヒスターク》は「恒常的に設置」されていない。
また、パブリック・アートの利用はまったく自由というわけではない。日本の屋外恒常設置の規定では「次に掲げる場合を除き」とあり、自由に利用できない場合を4つ定めている。
《クラウド・ゲート》と同じ彫刻を無断で制作したらやはり著作権侵害になる、というのは、この自由に利用できない場合として挙げられる「彫刻を増製し」(46条1号)に当たるためなのだ。
自由に利用できない場合として「専ら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し、又はその複製物を販売する」ことも掲げられている(46条4号)。
パブリック・アートの写真を使用したポストカードの販売は、「専ら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し、又はその複製物を販売する」に当たる典型例なのである。
パブリック・アートの写真を書籍の表紙として使用したいのですが、アーティストの許可なく使用してよいですか?
これはなかなか難しい。実際に日本で裁判になった有名な事件として、はたらくじどうしゃ事件を紹介しよう(*5)。
この事件では出版社が『なかよし絵本シリーズ⑤ まちをはしる はたらくじどうしゃ』を発行していた。
『はたらくじどうしゃ』は、写真やイラストを使ってパトロールカー、救急車、消防車などの町を走る様々な24種類の車を幼児向けに解説した本であり、表紙と本文の14ページ目には、横浜市営バスの写真が掲載されていた。
なぜ裁判になったかというと、横浜市営バスの車体にアーティストのロコ・サトシが絵を描いていたためである。出版社は、写真の本への利用に関してアーティストの許可は得ていなかった。
まず、裁判所は「恒常的に設置」は緩やかに考えて、バスは動くものではあるが継続的に運行されているから、バスに描いた絵でも「恒常的に設置」に当たると判断した。
この屋外恒常設置規定の目的は、不特定多数の人が自由に見ることができるような屋外に恒常的に設置された場合、一般の人の自由利用を認めることが社会の慣行に合致しているし、多くの場合、著作権者の意思にも沿うから、一般の人の行動を過度に抑制することのないようにする点にある。
そうすると、土地などへの固着に限定する必要はなくて、ある程度の長期間継続的に、不特定多数の人が見ることができる状態に置かれていれば、「恒常的に設置」と言っても差し支えない、というわけである。
次に、『はたらくじどうしゃ』に絵が描かれたバスの写真を掲載することは「専ら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し、又はその複製物を販売する場合」に当たるだろうか?
こちらも裁判所は出版社の主張を採用して、当たらないと判断した。24種類の車を紹介する『はたらくじどうしゃ』の内容からすると、バスが本の表紙に使われても不自然ではないし、あくまで紹介されている車のひとつとしてバスが掲載されているという印象を読者も受けるだろう、として「専ら」美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し、又はその複製物を販売するとは言えないと裁判所は結論付けた。
もっとも、はたらくじどうしゃ事件の判断は、あくまでこの本に関するもので、パブリック・アートの写真を書籍の表紙として使用することにすべてアーティストの許可がいらないわけではないので、注意しておこう。
会社のプロモーションヴィデオにパブリック・アートが映っているのですが、アーティストの許可なく使用してもよいですよね?
全米ライフル協会(National Rifle Association of America)のメンバー勧誘と寄付募集のために2017年から使用されたプロモーションヴィデオに《クラウド・ゲート》が無断使用されていたケースで、2018年にカプーアが著作権侵害で訴えた米国の事例がある。
この事件は、全米ライフル協会がヴィデオから《クラウド・ゲート》の映り込んだ部分を削除することに同意して終了したと報道されている(*6)。
著作権に関して言えば、日本ではこのような使用は屋外恒常設置の規定によって許される。プロモーションヴィデオは《クラウド・ゲート》を鑑賞するための映像ではないので「専ら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し、又はその複製物を販売する」という例外にも当たらない。
ただ、注意が必要なのは、著作者人格権に関しては著作権とは別途配慮しなければならない点だ。屋外恒常設置で自由に利用できる場合に当たっても、著作者人格権を当然に侵害していないことにはならないからである(著作権法50条(*7))。
音楽の事案だが、裁判所は、著作者の許諾なしにCMへサウンドロゴと連続させて音楽を使用したケースでは、CMへの楽曲使用は、特定の商品のイメージと結びつくことにも言及し、原則として著作者人格権である同一性保持権(著作権法20条1項)、名誉声望権(113条7項。判決時は113条5項)の侵害になると判示している(*8)。
そのため、とくにメッセージ性の強いプロモーションヴィデオでパブリック・アートを使用する場合、著作者人格権に配慮して、著作者(アーティスト)の許諾を得る運用が望ましい。
おわりに
今回はパブリック・アートの基本的な利用ルールを紹介した。パブリック・アートをめぐっては、サイト・スペシフィック・アートを移転させることや、すでに設置されているパブリック・アートのメッセージ性に影響を与える他人の作品を近くに設置することが著作者人格権の侵害になるかなど、様々な問題がある。
しかし、まずは基本的な利用ルールを理解しておくことが、紛争を未然に防ぐ第一歩になるだろう。
*1──Complaint, Kapoor v. National Rifle Association of America, No.1: 18-cv-04252 (N.D. III. June 19, 2018).
*2──パブリック・アートの定義にも様々な見解があるが、本稿では公共の資金が使われていなくても、また、一時的設置であっても、広くパブリック・アートとしてとらえている。
*3──BGH, 24.01.2002, VII ZR 461/00-Kammergericht.
*4──ドイツ著作権法59条1項。訳は著作権情報センターのウェブサイトに従った。
*5──東京地判平成13年7月25日判時1758号137頁〔はたらくじどうしゃ事件〕。
*6──Mackenzie Goldberg, Anish Kapoor reaches settlement with NRA over usage of his iconic Cloud Gate sculpture, Archinect, December 10, 2018, https://archinect.com/news/article/150099584/anish-kapoor-reaches-settlement-with-nra-over-usage-of-his-iconic-cloud-gate-sculpture
*7──著作権法50条は、「この款の規定は、著作者人格権に影響を及ぼすものと解釈してはならない。」と規定する。
*8──東京地判平成14年11月21日(平成12年(ワ)第27873号)〔アサツーディ・ケイ事件〕。著作権法113条7項は、「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、その著作者人格権を侵害する行為とみなす。」と規定する。