それぞれの歴史を編むために
美術館で働いていると、よくこんな声を耳にする。「絵を見るのは大好きなんだけど、彫刻は見方がわからない」と。わかるわからないという言葉の是非はさておき、もし単純に彫刻の面白さを知りたい、というのであればまずはお薦めしたいのが本書だ。
筆者がもっとも共感を抱いたのは、ゴームリーとゲイフォードがかつて実際にその目で見て体験した作品について話していることだ。遠く離れた場所のものであれ、幼少時に見たものであれ、ひとりの人間として向き合った際の感情が率直に語られている。教科書的な記述はしばしば、そこで語られるすべてが傑作であるかのように錯覚させてしまいがちだが、大家の作品に対しても辛辣な意見を遠慮なく投げかけていく本書のスタイルは小気味よいものだ。これには優れた実作者としてのゴームリーの存在が大きく寄与している。
本書に携わって改めて気づいたのは、彫刻全般について日本語で読める類書がじつに少ないということだ。ましてや21世紀の彫刻について論じられたものを探すのは非常に難しい。その点で本書は、これから彫刻を学ぼうとする人たちにうってつけの一冊だろう。またそのいっぽうで、彫刻の在りようが目まぐるしく変化する時代に出た彫刻本でありながら、彫刻の定義とは何かといった堅苦しい話題が一切出ないのも興味深い。むしろ彼らは「世界をかたちにしていく」(本書の原題は“Shaping the World”である)営為であれば、その素材が光や気体であっても彫刻としてとらえていく。それゆえに建築やインテリアデザインなど、幅広くものづくりに関わる人にとっても得るところが大きいのではないだろうか。
イギリスに住む2人の白人男性の会話のなかには、じつに多様な話題が登場するが、非西欧圏への目配りも利いている点は重要だろう。しかし残念ながら日本の話題は少なく、しかも近代以降のものは皆無だ。けれどそのことを嘆く必要はない。この本を読んだ人々が、今度は自分が立っているその場所から、その人自身の体験に沿ってまた新たに「彫刻の歴史」を語っていけばいいだけの話である。そのように、それぞれの生に基づいた歴史を編んでいくための土台に用いることもまた、本書の使い道なのではないだろうか。
(『美術手帖』2022年2月号「BOOK」より)