医療や福祉の現場における意思決定のプロセスや、 ケア労働とジェンダーの問題などが議論されるなかで注目されてきた、 自己責任の限界を提唱する「ケア」の概念。 『美術手帖』2月号の特集では、ケア労働を扱った作品から、 他者との関係性のなかにある自己について考える作品まで、 広く「ケア」の思想に通じる活動をする作家やプロジェクトをあげている。
巻頭企画では、 特集の寄稿者やこのテーマに関わりの深い活動をするアーティストや批評家ら17名が、「ケア」を象徴する作品をピックアップ。 河原温やビル・ヴィオラといった著名作家の作品を新たな視点で読み解いたり、 ケアの現場で生まれた表現活動が紹介される。
Part1では、 医師で「みちのおく芸術祭 山形ビエンナーレ2020」で芸術監督を務めた稲葉俊郎と、 「障害とアート」をテーマとするキュレーターの田中みゆきによる対談、 数々の文学作品にケアの思想を見出した著書『ケアの倫理とエンパワメント』で注目される文学研究者の小川公代のインタビューを掲載。
続く作家インタビューでは、 ひきこもり経験を持ち当事者とのプロジェクトを行ってきた渡辺篤、 女性たちのケア労働にまつわる作品を制作する碓井ゆい、 時間や空間に隔たりのある誰かと自らをつなぐ作品を発表してきた小林エリカの3人が登場する。 加えて、 それぞれ自閉症と精神疾患を抱えるきょうだいについて作品を制作してきた作家、 佐々木健と飯山由貴による対談も掲載。 加害性をどう受け止めるか、 家族との関わり方など、 制作における葛藤や配慮から、 美術界の構造上の課題までを語っている。
「ケアの思想とは何か」と題したレクチャー&ガイド企画では、 社会学者の清水知子と政治学者の岡野八代が、 書籍や作品を例にあげながら解説。 基本書から美術作品とのつながりまで、 「ケアの思想」の幅広さをトピックに分けて学ぶことができる。
美術館を幅広い人に開くための「アクセシビリティ」については、 昨年開館した八戸市美術館の館長で建築家の佐藤慎也に取材。 また、 ダンサーの砂連尾理、 美学者の伊藤亜紗、 キュレーターの青木彬が、 「体」をキーワードに、 それぞれの実践や福祉と美術のつながり、 ケアの創造性について議論している。
Part2では、 概念としての「ケア」について、 作品制作や美術批評をきっかけにより広く探る。 世界の事例やアーティストをファイル形式で紹介するほか、 ケアを起点にキュレーターの飯岡陸が従来の「美術批評」を、 批評家の杉田敦が「関係性の美学」をとらえ直す小論を寄稿。 また田中功起による、 世界の作家の活動を紹介しながら、 新たな共同体の在り方を考えるテキストも掲載された。
特集の最後を飾るのは岡野八代、 杉田敦、 田中功起による座談会。 それぞれの視点から「コレクティブ」や「関係性の美学」などこれまでのアートにおける共同体論を再考し、 ケアを中心とした新たな社会や国家の在り方の可能性について議論している。
美術はこれまでも、 異なる身体や感覚を持つ人々が他者について想像する契機となってきた。 コロナ禍によりかつてなく生命の危うさに向き合わざるをえない今日、 私たちはいかにして「ともに生きる」ことができるのか、 アートの視点から考える内容となっている。