芸術を通して禅の教えを説く
ハプニングの創始者として知られるアラン・カプローがZenセンターに毎週通っていることを耳にしたのは1980年代のことだった。当時留学していた大学でカプローの授業や指導を受けた筆者も、そのもの静かな話しぶりや立ち居振る舞いに、禅を彷彿とさせる雰囲気を確かに感じとることができた。鈴木大拙と横文字のZenが世界のアーティストに与えた影響はおそらく測り知れないほど大きい。
本書は欧米におけるZenブームの火付け役となった鈴木大拙の生誕150年を記念して出版された論文集である。執筆者の大半を欧米の研究者が占めているのが目立った特徴で、この仏教学者の知られざる面も拾い上げ、「いままでにない大拙像」をとらえようとする意欲的な内容になっている。大拙の初めての英語の著作『大乗仏教概論』に関する論考から、アメリカ人の妻ビアトリスと関わった動物愛護運動、大拙とナチスとの関係、極東軍事裁判を背景に仏教の戦争責任を問うものまで、多彩な切り口からこの知の巨人に迫ろうとする。
アメリカでZenが注目され始めた1957年に雑誌に掲載された長文の紹介記事「グレート・シンプリシティ」が目を引く。このタイトルは「大拙」という名前の意味(偉大なる素朴さ)を英語に訳したもので、大拙とは何者か、禅とは何かをわかりやすく説明している。禅の教義を説明するにあたって、墨絵を例に挙げ、「禅は一瞬の行為である」と述べる大拙の言葉は、当時のアメリカ人に大きな感銘を与えたに違いない。
文化の翻訳者としての大拙を取り上げた論考では俳句に着目する。論理的な理解や表現を超える禅の思想を、大拙は詩や芸術を通じて伝えようとした。とりわけ俳句を好み、短い語句で表現される俳句の世界を禅の理解に結びつけ、禅の究極的洞察と芸術家の霊感の両方に「悟り」という言葉を用いた。作曲家ジョン・ケージはコロンビア大学で大拙の講義を聴いて作曲のあり方を大きく転換するとともに、芭蕉の俳句を翻訳し、句(ku)というタイトルを持つ作品を書くなど、俳句に大いなる関心を寄せた。本書は大拙の全体像を示すだけでなく、芸術と宗教の深い結びつきに改めて気づかせてくれる優れた論文集である。
(『美術手帖』2021年2月号「BOOK」より)