『美術手帖』では、これまで幾度となく、気鋭の若手作家をピックアップする特集が組まれてきた。ひとたび時代をさかのぼれば、いまや大御所となったアーティストもいれば、知る人ぞ知るアーティストとなってしまった人もいる。
「2010年代を担う旗手、74人の声を集大成」という見出しが打たれたこの特集は、まさに時代の転換を体現するものだった。時期的には、ゼロ年代と10年代のはざま、そして震災以前と以後のはざまに組まれた特集である。構成を見ると、Chim↑Pomが華々しく先陣を切るPART1に続き、注目の60作家を紹介するPART2、そして全体を俯瞰する座談会のPART3と続いている。
しかし何より注目すべきは、PART2と3のはざまに差し挟まれたカオス*ラウンジの紹介コーナーである。全8ページに及ぶこの一角には、「カオス*ラウンジ2010」に合わせて発表された宣言文の全文やアートワークなどが掲載され、歴史的に価値のある資料となっている。
興味深いのは、ほかのどの作家よりも大きく取り上げられたカオス*ラウンジが、特集の銘打つ「74人」には含まれていないということだ。これは、ゼロ年代のアートの文脈から想像された「旗手」たちと、震災を翌年に控え、大きな転機が起こりつつあった新たな文脈とのあいだに差し挟まれた暴力的な断絶を、そのまま反映したもののように読むことができる。こうした構成は、意図的に編集されたものというよりも、現実の速度になんとか追いつこうとした末にたどり着いた苦心の結果であると言ったほうが適切だろう。
ところで、本稿が執筆されているのは2019年8月、10年代が終わりに差し掛かろうとするタイミングだ。東京五輪を翌年に控えるなか、京都アニメーション放火事件、あいちトリエンナーレの騒動など、社会的・歴史的に重大な暴力事件が立て続けに発生している。もちろん、それらの事件はそれぞれ別個のものではあるが、「圧倒的な暴力による現状変更」という点では同一の問題も共有している。
そうした現実では、「すでに起きてしまったこと」を受け入れるために、人々が解釈し、意味を与える作業が不可欠なものとなる。現実の速度に想像力を追いつかせる必要があるからだ。ゼロ年代アートの想像力を凌駕したカオス*ラウンジもまた、10年代には炎上という「現実」に巻き込まれてしまった。それに対して、20年代を目前に控えたいま、現実の速度はかつてとは比べようもなく加速している。それでは、いま私たちは「現実」とどう向き合うべきだろうか?
(『美術手帖』2019年10月号より)