• HOME
  • MAGAZINE
  • REVIEW
  • 銃後の女性たちからとらえる「戦争の空気」。能勢陽子評「コレク…

銃後の女性たちからとらえる「戦争の空気」。能勢陽子評「コレクションを中心とした特集 記録をひらく 記憶をつむぐ」、「爆心へ」【3/3ページ】

「女の子たち風船爆弾をつくる」

「爆心へ」(広島、長崎、東京)

 終戦記念日の8月15日には、美術作家の新井卓、川久保ジョイ、小林エリカ、竹田信平、そしてキュレーターの三上真理子によるコレクティブ「爆心へ」の上映会とトークを聴きに、日比谷公園に向かった。写真、映像、映画、小説、漫画、VR等により、原爆や原発の問題に長く向き合ってきたアーティスト4人とキュレーターからなるこのコレクティブは、記録保存装置としての美術館や博物館の外側で、世界中の至る所や人々の心のなかにある「爆心」を、点と点で結ぶことを試みていた。

「爆心へ」のステートメントを、以下に引用する。

 私たちは 〈爆心〉を、人間だけでなくすべての生命に対する残虐行為の中心と定義する。そこには、声を持たずに命を奪われたものたちが存在し、私たちの生は、その周りにある。私たちは、芸術、行動、研究、物語を通して、〈爆心〉を語るオルタナティブな形式と方法論を探究する。

1.すべての 〈爆心〉は地続きである
2.〈爆心〉はだれにも所有されない
3.すべての〈爆心〉は等しく重みを持つ

 私たちは、ある〈爆心〉を認めながら他の〈爆心〉を否定することで、暴力を正当化したり、苦しみを階層化する、あらゆる言説を拒絶する。私たちは、いかなる権威や社会構造による差別や暴力にも屈しない。私たちは、それぞれ多様な個性を認めながら、敬意にもとづいた対等な対話と、コレクティブとしての合意によって行動する。(*3)
アートバス〈爆心へ〉号と〈爆心へ〉企画メンバー(左から新井卓、三上真理子、小林エリカ、竹田信平、川久保ジョイ) Photo by Hal Xing, Courtesy of 爆心へ To Hypocenter

 「爆心へ」のメンバーは、展示やトークを行う場所として、パブリックとプライベートの間にあり、個人と個人を結ぶことのできる、バスの中の小さな空間を選んだ。アートバス「爆心へ」号は、8月2日から8日にかけて、東京を出発して広島と長崎を巡り、展示や制作、ワークショップ、インタビューなどを行い、東京に戻ってきた(*4)。8月15日はコレクティブメンバーの映像作品の上映とトーク、小林エリカによるバスツアー、そしてアメリカ南西部とマーシャル諸島で行われた核実験をめぐる映像作品が上映された(*5)。80年前に日本にできた「爆心」と、その後辺境と見做された地に穿たれた「爆心」を結び、暴力により生まれた虚空に、新たな意味を充填しようとしていた。

 その翌日には、小林エリカ脚本、音楽家の寺尾紗穂の企画・選曲による、2023年に上演された朗読歌劇『女の子たち風船爆弾をつくる』の上映会が行われた(*6)。女流美術家奉公隊と同じく、戦中に勤労奉仕として風船爆弾づくりに携わった3人の女の子たちの物語である。日露戦争30周年を迎えた年から終戦にかけてのあいだ、日本が海を超えて戦争をしているときも平穏だった彼女たちの暮らしにも、桜の花が咲くたびに戦争の影が忍び寄ってくる。女学校に通うようになった女の子たちは、有楽町の宝塚歌劇場の建物に集められ、和紙をコンニャク糊で貼り合わせ、一緒に大きな風船を造った。しかし彼女たちは、それが細菌を積むかもしれない爆弾だとは知らされていないままだった。約9,300発揚げられたうちの約1,000個が海を渡って遠くアメリカ西海岸に到達し、オレゴン州で子供1人と妊婦1人を殺傷したのだった。

小林エリカがガイドをつとめる「女の子たちの敗戦日ー皇居周辺をめぐるバスツアー」。2025年8月15日、アートバス〈爆心へ〉号で、80年前のその日のできごとをなぞりながら「女の子たち風船爆弾をつくる」にまつわる場所を巡るバスツアーを東京で行った Photo by Akiko Nishimura, Courtesy of 爆心へ To Hypocenter

 宝塚歌劇に熱中したり、紅茶を淹れて読書をしたり、電車道をスキップで駆け抜けたりする彼女たちの日常は、少女らしい煌めきにあふれている。彼女たちが零すのは、好きだった宝塚歌劇を観られなくなったり、憧れていた制服の代わりにモンペを履かなければいけなかったりするようなことである。そんななかでも、空襲に備えて服のまま眠ったり、防空壕に逃げ込んだり、同級生が空襲で亡くなったりと、彼女たちの身にも戦争が迫ってくる。しかし女の子たちは、特段戦争に反対するような言動はしていない。ただ、戦勝の報せが入るたび、「わたしたちの兵隊」と呼びかけて声援を送る声が、徐々に小さくなっていくのである。そして、終戦を迎えてそっと窓の外を覗いて町にポツポツと燈る灯りを見て安堵し、モンペを履いていたため日に焼けず真っ白な脚をシゲシゲと眺めるのであった。

 おそらく多くの人たちは、戦争に対して特別な構えや準備があるわけでなく、気がつけばこんなふうに戦争に巻き込まれている。戦争画を描いた女流美術家奉公隊や、正しくは知らされないままに風船爆弾を造った女の子たちを、いまの時代の価値観から安易に非難することはできない。時が時なら私たちも同じことをしたであろうし、いわば彼女たちは私たちの似姿でもある。戦争を主題にした芸術作品といえば、その残酷さや暴力性、人々の悲劇や理不尽さが胸を打つものが思い浮かぶが、こうした一見穏やかに見える銃後の女性たちの日々にも、戦争のリアルが色濃くある。時代のイデオロギーに呑み込まれて能動的に協力し、あるいは為す術もなくやり過ごすした人たちの日々は、特殊な時代の特別な出来事ではなく、この私たちの日常と地続きに繋がっているのである。

〈爆心へ〉上映とトークセッション(2025年8月15日、16日) Photo by Papero, Courtesy of 爆心へ To Hypocenter

*3──https://bakushin2025.cargo.site/%E3%80%88%E7%88%86%E5%BF%83%E3%81%B8%E3%80%89%E3%81%A8%E3%81%AF-about-to-hypocenter
*4──8月2日に東京を発ち、8月3日から6日にかけて広島で、小林エリカによる対話から人と場所の記憶を浮かび上がらせる『過去のポートレート』の制作、新井卓による太陽光によるサイアノタイプを使用したキルティングワークショップと展示を行い、その後長崎に移動して、8月6日から8日にかけては竹田信平が「アンチ・モニュメント」をテーマにしたVRワークショップとバスツアーを行った。 
*5── 8月15日には、「『爆心』をめぐる映像作品上映会&トークイベント」として、コレクティブメンバーの映像上映のほか、被爆者団体「武蔵野けやき会」会長の松田隆夫を迎えたトークや、核と環境問題をアートを介して編み直すコレクティブ・ボムシェルトーの映像上映、またマーシャル諸島共和国の詩人・環境活動家のキャシー・ジェトニル=キジナー氏の映像上映とオンライントーク、そしてコレクティブ・メンバー全員によるトークが行われた。
*6── 音楽朗読劇「女の子たち 風船爆弾をつくる」は、2023年6月19日に王子ホールで上演され、2025年8月16日に「爆心へ」の企画として記録映像の上映が行われた。出演:角銅真実、寺尾紗穂、浮、古川麦、脚本:小林エリカ、選曲:寺尾沙穂、小林エリカ。

これからの「戦後」

 「戦後80年」を機に開催された展覧会やプロジェクトは、戦争を直接には知らない世代の企画者や美術作家による、現代の地点から見た「戦争の空気」をとらえ直そうとする試みであった。戦争を主題にしようとするとき、自らが体験したこともないトラウマをどう表現するのか、またいまはもういない他者とどう向き合えばよいのかという問題に突き当たる。しかし美術作品には、当事者の経験から創られるものばかりではない、他者の身体を借りてようやく現れる、ある「遅さ」がある。芸術はときに国家を代表し、称揚するものになるが、それが形作る共同性や同質性に抗うことのできる、「個」としての強さを持っている。2025年の夏に開催された展覧会やプロジェクトは、大きな物語も小さな物語も含めて、過去の戦争を未来に向けて語り続けようとする、新たなナラティブの模索のように思われたのだった。    

編集部