神奈川県横浜市の横浜市民ギャラリーは、日本の現代美術展の先駆けとされる「今日の作家展」(1964~2006)の理念を継ぎ、同時代の表現を紹介する「新・今日の作家展」を2016年から開催してきた。本シリーズの一環として現在、サリーナ・サッタポン、辻梨絵子、横手太紀によるグループ展「土星の環の観測点」が開催されている。会期は10月5日まで。企画は同館学芸員の齋藤里紗と森未祈。
サリーナ・サッタポン──たよりない視点と向き合う
サッタポンは1992年タイ生まれ。2025年、東京藝術大学グローバルアートプラクティス専攻博士課程修了。少数民族プータイ族の出身で、故郷の文化や自然から影響を受けつつ、パフォーマンス、インスタレーション、写真など、様々なメディアを用いて作品を制作しており、現在は、人間の「つながり」と「断絶」に関わる身体的な空間の変化やそこに生じる力学に関心を持っている。

《In the Realm Beyond Spectrum》(2024)は、会場に障子が立てられ、そこから壁面のモニターを覗き見る作品だ。モニターはそのまま見るとただの白い画面でしかないが、障子にはめ込まれた偏光フィルターを通して見ることで、断片的な風景の映像が表れる。
鑑賞者は日本家屋の障子から外の景色を覗き見るような体験をしつつも、すべてのモニターの映像を見るためには、体や顔を移動させながら次々にフィルターを覗かなければならない。対象を見るときに必ず存在する偏り、そして全体を把握するために本来必要な能動性の存在が、鑑賞者の体験を通じて可視化される。

《When you find you》(2025)は、回転するスマートフォンの前後に、同様に回転する偏光フィルターを設置した作品。スマートフォンの画面は《In the Realm Beyond Spectrum》と同様に、この偏光フィルターを通すことで、映像や言葉を視認できる。スマートフォンとフィルターの双方が回転しているため、鑑賞者もそれに合わせてつねに移動しながら画面を捉えなければならない。
本来であれば、手元でイメージをコントロールできる装置であるスマートフォンが、ここでは鑑賞者の能動的なアクションを通すことでしか、イメージを伝えられない装置となっている。本来、受け取り方によってその意味が様々に変化するはずの情報を、あたかも絶対的なものとして流通させてしまう力学の存在を浮かび上がらせる。
辻梨絵子──ぬいぐるみに仮託する理解の在り処
辻梨絵子は1991年東京都生まれ。2016年に京都芸術大学美術工芸学科現代美術・写真コースを卒業し、19年に東京藝術大学大学院美術研究科グローバルアートプラクティス専攻を修了した。2014年にチューリッヒ芸術大学、17年にバウハウス大学へ交換留学。近年は裁縫を手法に取り入れ、人形劇的な映像作品の制作を行っており、性差問題やクィアに関するテーマ、他者との心地良い関係づくりについて思考を重ねている。

辻は映像を用いたインスタレーション《フェイス・トゥ・フェイス、バック・トゥ・バック》(2026)、本作品は四方の壁面に設置されたモニターと、中央の円形のソファ、上から吊り下げられたペンダントライトで構成される作品だ。画面にインタビューを、クラゲ、ツバメ、玉ねぎ、馬の4体のぬいぐるみが代替して答える映像が映されており、4つのモニターそれぞれに異なるインタビューイーが映される。
辻は参加するインタビューイーを、世界中の人々にオンラインで仕事を頼めるクラウドソーシングのプラットフォームを利用して集めたという。ぬいぐるみたちは取り留めのない日常の話から、日々感じている不安までを語る。各インタビューは別々に収録されたものであるが、あるモニターのぬいぐるみが話すとき、ほかのモニターのぬいぐるみは一斉にそちらを向きながら相槌を打つなど、まるで4人(4体)が鑑賞者を取り囲んで対話しているかのように編集されている。1つのモニターには1つのぬいぐるみしか映らない。4つのモニターに囲まれた鑑賞者は、誰かが話し始めるたびにそちらを見ることになり、場合によっては反対を振り向くなど、身体的な動作を行うことで、ぬいぐるみの会話に向かい合うことになる。

インタビューの最後、各モニターのぬいぐるみたちは、相互のモニター間をまたぎながら、ワルツを踊り合う。これは、辻がヨーロッパで見た、人々が街中でダンスを踊っている光景から思いついた演出だ。魅力的であるが、同時にそのコミュニティの強固さや排他性も感じる。そのときの複雑な気持ちも、本作で表現されている。
映像作品を中心に制作してきた辻は、いっぽうでカメラを他者に向けるときに、何かを対象から奪い取っているような違和感を覚えていたという。そうしたなか、自分がかつてぬいぐるみを介して家族とコミュニケーションをとっていたことや、祖母の妹が友人たちと集まり毎年の干支のぬいぐるみをつくっていたことなどを思い出し、ぬいぐるみを経由することでその暴力性をやわらげるこの手法に至った。使用されたぬいぐるみはすべて辻の手で制作されており、会場でも実物を見ることができる。

他者とコミュニケーションするということは、それ自体が癒しになる可能性をもつと同時に、他者の情報を引き出し、言葉にしてしまう一種の暴力性も有する。辻の作品が用意したぬいぐるみという依代は、その緩衝材として多くの可能性を秘めていると言えるだろう。
横手太紀──こぼれ落ちたものからの想像力
横手太紀は1998年生まれ。2025年に東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻を修了した。横手は、身の回りの景色や出来事によって揺さぶられる感情を起点に作品を制作しており、集合体のなかに埋もれた個の存在や、多様な時間を浮かび上がらせることで、人々と社会や世界をより深くとらえようと試みている。

会場に置かれたいくつもの箱と、その内部から流れる音声によって構成される《Unquiet Boxes》(2026)。大きさはそれぞれ異なるものの、いずれも動物や人間が入れるようなサイズであり、内部からは何かの打撃や、音楽、話し声など様々な音が流れ出してくる。すべての箱には家の内装に使う壁紙が貼られており、音と、部屋のなかで感じる不穏さや不快感が結びつけられる。
本作は、横手が居住する集合住宅の周囲の部屋から聞こえる音から発想した作品だ。家は生活の基盤であり、精神を安定させる場所であるが、だからこそ外部から侵入する音は、ときにストレスの大きな要因にもなる。相手が見えないからこそ生まれる不安、音から過剰な情報を読み取って肥大化する妄想など、人間が社会で生きるということが、いかに周囲の環境に影響されるのかを感じさせる。

《I'll eat you up, I love you so》(2025)は、展示室の壁面の一部が大きく削り取られ、下にその木屑が溜まっているように見える作品だ。本作は、ペットの犬が実際に壁に残した噛み跡や爪痕をスキャンして拡大し、壁に埋め込んだもの。対峙すると鑑賞者自身が小さくなったような体験にもなり、同時に主従関係の逆転や無垢な暴力性、そして痕跡が物語る「不在」の存在なども喚起させる。

《星のいるところ》(2024)は床に置かれた瓦礫に据え付けられたプロジェクターから、壁に投影されている無数の埃を捉えた映像作品だ。埃は不必要なものであり、掃除によって取り除かれるものだが、もともと肌や衣服を始めとする生活に必要なものから生まれたものだ。本作の周囲で浮きながら回転している瓦礫も同様にもとは建物であったものの残骸であり、それらがかつてかたちづくっていた大切な場所への想像を促す。
本展のタイトル「土星の環の観測点」は、3作家が投げかけた視点と身体に関する問いをよく表したものといえる。遠くから見るとつながっているが、近くで見れば小さな氷の粒や岩石の破片である土星の輪のように、どこから見るかによって現実は様々に変化する。本展の作家たちはそれを作品を組み立てるロジックとして利用するだけでなく、鑑賞者の身体も動かすことで、視点の変化を創出しようとしている。鑑賞前と鑑賞後で街の風景が変わって見え、近しい人のことをより深く考えるようになる。そんな体験がたしかに存在する展覧会となっている。





























