「路上、お邪魔ですか?」(金沢21世紀美術館)開幕レポート。路上を美術館で語ること、だからこそ持ち帰ることができるもの
中村裕太《電柱から見た生き物の世界》(2026)と鯨津朝子《Obstacles?》(2026)が共存する、金沢21世紀美術館の中庭「光庭」での展示風景 鈴木康広《遊具の透視性》(2001)。回すことで映像が現れるが、回している当人は近すぎて映像の全体を把握することができない。他者のための行為の存在で成り立つ作品 写真家・植村佳弘によるギリヤーク尼ヶ崎のパフォーマンスをとらえた作品。左から《母に捧げる》(2020)、《円》(2009)、《舞台は路上》(2018) ギリヤーク尼ヶ崎の映像作品《祈りの踊り》(1998)。手前はギリヤークがパフォーマンス時に立てるめくり 『ジェットセットラジオ』(2000)の展示では、実際に来場者がコントローラーでゲームをプレイできる 展覧会タイトルと現存日本最古とされる大正時代の道路標識 中村裕太《電柱から見た生き物の世界》(2026)。実際に使用されていた木製の電信柱に看板と植木を備え付け、さらにチョウが寄ってくるパネルも付帯させることで、電柱をめぐる小さな環世界をつくり上げている panpanya《いつもの所で待ち合わせ》(初出:『岩波データサイエンス』Vol.6、17年6月号)。壁面いっぱいに拡大されたコマは、描き込みを細部まで観察できる 「路上の発見」のセクションの展示風景。段上には昇ることができ、展示物を都市のように立体的に捉えられるよう工夫されている 鯨津朝子《Obstacles?》(2026)。ビューポイントから見れば、ガラスや建物の前奥を通貫するように線がつながる 國府理《自動車冷蔵庫》(1998)。電源が供給され、社内の冷蔵機構が稼働している Chim↑Pom from Smappa!Group《道》(2017-18)の作品模型。アスファルトの道路を美術館内に伸ばしていく計画が俯瞰できる 山田脩二《新宿駅西口広場》(1969)。特徴的な螺旋状のロータリーを人が埋め尽くしている様子が捉えられている 左が迫川尚子《お面をかぶっておどける新城さん。沖縄出身、右翼の街宣車だろうか。君が代が流れると頭をかかえてうずくまった。(1996年8月)》(1996) ダニエル・エヴェレットの作品群。高速道路の標識、横断歩道、電信柱などが構築的構図で捉えられている クシシュトフ・ヴォディチコ《ポリスカー》(1991)。路上生活者たちの身を守るとともに、互いに通信し連帯する可能性を提示する 銭湯山車巡行部《銭湯山車》(2021-)。山車を回す際には、ザ・ドリフターズの「いい湯だな(ビバノン・ロック)」が流れる 村田あやこ《金沢の路上園芸》(2026)。路上園芸のプランターとしてよく活用されるプラスチック製の漬物容器にオリジナルのロゴマークを印字した 「能登町鵜川・にわか祭が編み直す、道と暮らし」の展示にて制作中の武者絵 1 / 20
編集部