多彩なジャンルで活躍し、現代人にも人気の浮世絵師・歌川国芳(1797~1861)。その団扇絵だけを紹介する史上初の展覧会「国芳の団扇絵 猫と歌舞伎とチャキチャキ娘」が、東京・神宮前の太田記念美術館で始まった。会期は7月28日まで(前後期で全点展示替え)。担当学芸員は赤木美智。
国芳は幕末浮世絵界の人気を分けあった歌川派のひとり。10代後半で浮世絵師としてデビューし、売れない不遇の時期を過ごした後、30代前半に描いた「通俗水滸伝豪傑百八人之一個」シリーズで一躍、注目を集めるようになった。勇壮な武将を描いた武者絵やコミカルな笑いを描いた戯画をはじめ、あらゆるジャンルを手がけたことで知られる。
2021年には展覧会「没後160年記念 歌川国芳」を開催し、その名品を一挙に展覧した太田記念美術館。本展は、国芳作品のなかでも団扇絵に特化した珍しいものだ。
団扇は江戸っ子にとって夏の暑さをしのぐための必需品であると同時にデザインを楽しむファッションアイテムでもあり、歌舞伎ファンにとっては推しの役者を応援する「推し活」グッズでもあった。この団扇をつくるための浮世絵=団扇絵も人気が高く、国芳の団扇絵は確認できるだけでも600点を超えるという。
通常、団扇絵は消耗品であることから現存数は少ない。しかし、本展には保存状態が良い優品(すべて個人蔵)が揃っており、初展示作品も会期を通して約100点が並ぶ。非常に稀な機会だろう。
会場は、「戯画とさまざまな題材」「役者絵」「美人画」の3章で構成されている。
国芳はそのユーモラスな戯画で高い人気を誇る。第1章では、もっとも初期に描かれた国芳の団扇絵である忠臣蔵のパロディ《道外忠臣蔵五段め》(1830)をはじめ、戯画のみならず、幅広い仕事が並ぶ。
例えば《絵鏡台合かか身 猫》(1842頃)は、表面で様々なポーズをとった猫の姿が、裏面では般若や獅子の影絵となるという、団扇絵だからこそ実現できた作品だ。天保の改革によって様々な表現規制がなされるなか、アイデアによってその状況を切り抜けようとした国芳の姿勢がうかがえる。
なお、本章では珍しい肉筆画の扇面《柴田勝家に按摩をする羽柴秀吉》(1836〜44頃)も展示。実際に扇として使われていたものが額装されているが、その保存状態はじつに良好だ。
第2章は、浮世絵の二大ジャンルのひとつである役者絵だ。役者絵は団扇絵の主力な題材でもあったという。役者の華麗な動きをとらえた天保の改革前のものから、役者絵が禁じられた天保の改革時代の役者風のもの、そして改革後に規制が緩くなった時代のものまで、その変遷を追うことができる。
そして第3章は、もうひとつの浮世絵の大きなジャンルである美人画で締め括られる。
国芳が団扇絵で描いたもっとも多い題材がこの美人画。現存する作品の約半数にあたるおよそ330点が美人画ということから、その高い人気が伺える。ここでも、華やかな表現が難しくなった天保の改革を挟む作品の変遷が見てとれるだろう。
浮世絵とはまた違う、小さな画面だからこそ濃密な団扇絵。暑さが日に日に増してくる夏に、国芳の団扇絵の世界を堪能してみてはいかがだろうか。