• HOME
  • MAGAZINE
  • NEWS
  • REPORT
  • 特別展「帰って来た橋本治展」(神奈川近代文学館)開幕レポート…

特別展「帰って来た橋本治展」(神奈川近代文学館)開幕レポート。文化を徹底的に考える

小説家、文筆家、評論家、デザイナー、演出家、ニット作家など多様な顔を持つ橋本治(1948~2019)。その歩みを振り返る展覧会、特別展「帰って来た橋本治展」が、神奈川・横浜の神奈川近代文学館で開幕。会場の様子をレポートする。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、橋本治によるニット作品

 小説家、文筆家、評論家、デザイナー、演出家、ニット作家など多様な顔を持つ橋本治(1948~2019)の歩みを振り返る展覧会、特別展「帰って来た橋本治展」が、神奈川・横浜の神奈川近代文学館で開幕した。会期は6月2日まで。

展示風景より、左から『月食』ポスター(1994、美術=横尾忠則)、『女賊』ポスター(1999)

 同館は、2019年以降、橋本の直筆原稿をはじめとする資料を家族や関係者からの寄贈により「橋本治文庫」として保存している。本展はその所蔵資料を中心に、橋本の生涯の仕事を3部構成でたどるものだ。

展示風景より、橋本事務所の応接室と、ドアの向こうの仕事部屋にあった品々によるイメージ展示

 第1部「橋本治とその時代」は、東京で生まれた橋本が戦後の復興期の空気を感じながら育ち、作家デビューするまでを、各時代の背景とともにふり返る。

 絵が好きだった橋本は、高校時代に見たボブ・ピークによる映画『マイ・フェア・レディ』のオリジナル版のポスターを見てイラストレーターを志すようになった。そんな橋本の絵の才能が広く見えるかたちで花開いたのが、東京大学2年生の際に描いた「駒場祭」のポスターだろう。背中に東大の校章であるイチョウの和彫が入った男に添えられた「とめてくれるなおっかさん」「男東大どこへいく」というキャッチフレーズは、橋本治の名を一躍全国区にした。

展示風景より、右端がボブ・ピークによる映画『マイ・フェア・レディ』のポスター
展示風景より、第19回「駒場祭」ポスター

 第2部「作家のおしごと」は、橋本が文筆業で活躍していく過程と、各時代における代表的な作品を紹介する。大学卒業後、イラストレーターとして多忙な日々を送っていた橋本だが、1977年に高校生の日常を描いた『桃尻娘(ももじりむすめ)』で小説家デビューをし、第29回小説現代新人賞の佳作を受賞。本作の文体はそれまでにないスタイルとして世間に衝撃を与えた。会場には当時の掲載誌『Gen』が展示されており、宇野亞喜良(当時の表記は宇野亜喜良)による挿絵も見ることができる。

展示風景より、『桃尻娘(ももじりむすめ)』
展示風景より、「桃尻娘(ももじりむすめ)」掲載の『Gen』

 その後、橋本はフィクションから評論まで、文筆業として活動の幅を広げていく。とくに注目したいのは恋愛や性愛について書いた仕事だろう。大島弓子、山岸凉子、萩尾望都らが描く少女漫画を題材に女性論を展開した『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』(1979)や、男性社会の抑圧に批判的な視座を提示した「ソドムのスーパーマーケット」を収録している『秘本世界生卵子』(1980)、恋愛について真正面から取り組んだ『恋愛論』(1986)など、いまも読みつがれる価値のある評論を生み出した。

展示風景より、『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』(1979)など

 古典へのまなざしも忘れてはならない。少女マンガのような語り口で清少納言の『枕草子』を翻訳した『桃尻語訳 枕草子』、光源氏のひとり語りから始まる『窯変 源氏物語』、綿密な年表から構成した『双調 平家物語』など、これらは古典をいまに生きる文学として再構築する、稀有な仕事だったと言える。

展示風景より、『窯変 源氏物語』など

 本展において多くの発見があるのが第3章「橋本治美術館」だ。学生時代やイラストレーターが本職だった時代の橋本の仕事を紹介する。 

展示風景より、第3章「橋本治美術館」

 本章では豊富な無残絵の知識を下敷きに描かれたであろう歌舞伎の役者絵、『国文学と解釈』のバリエーション豊かな毎号の表紙絵、レコードジャケットやテレビドラマのタイトルバックの切り絵などを原画で見ることができる。

展示風景より、『国文学と解釈』

 また、ニット作家としても知られていた橋本は、歌舞伎やマンガ、美術作品などをモチーフとしたセーターなども編んだ。モディリアーニ《大きな帽子をかぶったジャンヌ・エビュテルヌ》(1917)をあしらったセーターなど、その高い技術と発想力に驚かされる。

展示風景より、モディリアーニ《大きな帽子をかぶったジャンヌ・エビュテルヌ》(1917)のセーター

 文筆家としての仕事が取り上げられることが多い橋本治。その視点はいまも多くの気づきを与えてくれるとともに、改めて高い色彩構成力や造形の技術をうかがえる貴重な機会といえるだろう。細分化と専業化が進む以前の文化人の、横断的な仕事から学ぶことは多い。

編集部

Exhibition Ranking