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2024.3.15

「第8回横浜トリエンナーレ」開幕レポート。複雑な歴史的状況を逞しく生き抜く

2001年に開催されている、日本国内では最大規模を誇る国際芸術祭のひとつである「横浜トリエンナーレ」。その第8回となる「野草:いま、ここで生きてる」が開幕した。

文=王崇橋 撮影=橋爪勇介、三澤麦

展示風景より、中央のインスタレーションはサンドラ・ムジンガ《出土した葉》(2024)
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 160年近くのあいだ、国際貿易港として栄えてきた横浜。ここで2001年にスタートし、日本国内では最大規模を誇る国際芸術祭のひとつである「横浜トリエンナーレ」が、第8回目の開催を迎えた。

 今年のトリエンナーレは、「野草:いま、ここで生きてる」をテーマに開催。北京を拠点として国際的に活躍するアーティストとキュレーターのチーム、リウ・ディン(劉鼎)とキャロル・インホワ・ルー(盧迎華)をアーティスティック・ディレクター(AD)に迎え、93の国と地域のアーティストが参加している。

 1月の記事でも紹介したが、今年のトリエンナーレは2つの柱を中心に構成。ひとつは、ADが手がけた同タイトルの国際展で、本展をもってリニューアルオープンする横浜美術館や旧第一銀行横浜支店などをメイン会場に行われる「野草:いま、ここで生きてる」。もうひとつは、「アートもりもり!」の名称のもと、市内の各拠点が統一テーマ「野草」を踏まえて展開する様々な展示やプログラムだ。

リニューアルオープンする横浜美術館の外観

 横浜トリエンナーレ組織委員会総合ディレクターであり横浜美術館館長の蔵屋美香は3月14日の記者会見で、今回のトリエンナーレについて次のように述べている。「私たちの暮らしは、災害や戦争、気候変動や経済格差、そして互いに対する不寛容など、様々な生きづらさを抱えている。今回の展覧会は、この生きづらさがどうして生じてきたのかをたどりながら、みんなで手を携えてともに生きていくための知恵を探る企画だ」。

展示風景より

 展覧会タイトル「野草」は、20世紀初頭に7年にわたって日本に留学した中国の小説家・魯迅(ろじん)の詩集『野草』(1927年刊行)に由来している。ADのキャロル・インホワ・ルーは同記者会見で、「『野草』には魯迅の宇宙観と人生哲学が込められており、あらゆる制度や規則、規制、統制、権力に超然と立ち向かい、個人の生命の抗いがたい力を高潔な存在へと高めた内容」だとしつつ、今回のトリエンナーレは次の構想から始めたと話している。

 「初めに、ビエンナーレやトリエンナーレのような大規模な国際展は、資本やアートマーケットなどが大きな力を振るういっぽうで、たんなるスペクタクルとなってしまっており、歴史的な深みの欠如や現実との乖離といった課題を抱えていることに気づいた。私たちはこれらの問題に取り組みたい。第二に、私たちはこのトリエンナーレに、今日私たちが置かれている複雑な歴史的状況を反映させたい。第三に、私たちは人間社会の活動や経験、歴史をつぶさに見つめ、私たち自身や隣人、そして友人の歴史から学ぶことができると信じている。私たちは、英雄のように成功した人物の人生だけではなく、多くの一般的な庶民の人生を描きたい」。

 横浜美術館と旧第一銀行横浜支店、BankART KAIKOの3つをメイン会場とした国際展。7章構成の展示は、横浜美術館のグランドギャラリーの広々とした空間で展開される序章「いま、ここで生きてる(Our Lives)」から始まる。

横浜美術館 グランドギャラリーの展示風景より、ヨアル・ナンゴ《ものの宿る魂の収穫》(2024)

 ルーは美術手帖の取材に対し、この空間には「廃墟」のような光景をつくり出したとしている。廃墟のなかには複数の「キャンプ」が置かれながら、アーティストによるコミッションワークも点在している。例えば、北欧の遊牧民、サーミ族の血をひくヨアル・ナンゴがつくった人々が憩うための《ものの宿る魂の収穫》(2024)や、ファッションを中心にジャンルを横断して活動するスーザン・チャンチオロによる仮設カフェ《RUNカフェ》(2016-17)、宮城県を拠点に活動している志賀理江子が東日本大震災からの復興と原発の再稼働をめぐる議論のための様々な本を集めた《緊急図書館》(2024)、そして廃墟のなかにある倒木を映し出したオズギュル・カーのアニメーション作品《倒れた木》(2023/2024)などが挙げられる。

横浜美術館 グランドギャラリーの展示風景より、スーザン・チャンチオロ《RUNカフェ》(2016-17)
横浜美術館 グランドギャラリーの展示風景より、志賀理江子《緊急図書館》(2024)

 キャンプは、自然のなかでレジャーやレクリエーションの活動という意味を持ついっぽうで、災害や戦争のときには避難したり逃亡したりする人々のためのシェルターにもなり得る。ルーは、「私たちは通常、家のなかにいる状態が通常の生活形態であると考えるが、ここではこの考えを逆転させ、この緊急で流動的な、遊牧民のような、不確実で一時的な状態こそが通常の生活状態であることを示す。誰もがそのような状況に置かれる可能性があるので、ここでは私たちの生活の様々なかたちをまとめた」と話している。

 「わたしの解放(My Liberation)」という章は、同館3階の両端にある円形と正方形の展示室で開かれ、それぞれ日本のアーティスト・富山妙子と、丹羽良徳と台湾の台南を拠点とするグループ・你哥影視社(ユア・ブラザーズ・フィルムメイキング・グループ)の作品が展示されている。

 円形のギャラリーでは、日本の植民地だった旧満州で育ち、のちに鉱山や炭鉱の労働者をテーマにした絵画の制作や、世界に広がる不平等を訴える社会活動家としての実践を行った富山の「小さな回顧展」が開催。いっぽうの正方形のギャラリーでは、資本主義の本質を暴こうとする丹羽の映像インスタレーションと、你哥影視社が2018年に台湾の新北市にある寮で起こった100人以上のベトナム人女性労働者によるストライキから着想を得たインスタレーション《宿舍》(2023/2024)が展示されている。「前者はキャリアを通じて覇権主義について考察してきた富山の様々な段階の作品展示。後者は、現代を生きる普通の人々の闘いを反映したポートレート集とも言える」(ルー)。

「わたしの解放(My Liberation)」の展示風景より、丹羽良徳の映像インスタレーション(左)と你哥影視社《宿舍》(2023/2024、右)

 本展で作品数がもっとも多い「密林の火(Fires in the Woods)」の章では、「日常的な経験の秩序を超えてあふれ出た火花が現実とぶつかり合う」(ルー)ような作品群が紹介され、「火花」は歴史における様々な紛争や対立、衝突をも暗示している。また、美術館の弓形の展示室で展開される「苦悶の象徴(Symbol of Depression)」の章は、本展の「心」でもあるという。

「苦悶の象徴(Symbol of Depression)」の展示風景より

 「苦悶の象徴」というタイトルは、1900〜1920年代に活動した日本の文筆家・厨川白村の同名著作から由来している。1924年、魯迅は詩集『野草』を執筆した際に、同時に白村のこの本を翻訳したという。「この章では、普通の人々のポートレイトを数多く展示している。ここで伝えたいのは、創造性はしばしば現実との軋轢、苦い思い、願望を実現する機会の欠如から生まれるということ。紹介されたのは英雄的な人々ではなく、普通の人々の挫折。失敗することも人間の主体性の象徴だから」(ルー)。

「苦悶の象徴(Symbol of Depression)」の展示風景より

 本展では、7つのうち3つの章でテーマを深く掘り下げるためにトピック別に「セクション」が設けられ、特集展示が行われている。旧第一銀行横浜支店での「すべての河(All the Rivers)」の章で紹介された特集展示「革命の先にある世界」では、東アジアで行われた様々な文化的な実践が取り上げられている。「これらの実践はすべて、既存の秩序のなかで個々人が居場所を見つけるためのもの。『革命の先にある世界』と名付けたのは、新しい世界を築くために革命を待つ必要はなく、今日の生活のなかで新しい社会関係を再構築することができる。また、人と人との関係は、資本主義や新自由主義の論理や政府に基づくものではなく、個人と個人のつながりに基づくものだから」(ルー)。

「すべての河(All the Rivers)」の展示風景より

 本展では、世界の色々な地域で起きてきた様々な衝突や紛争、対立など歴史的な出来事をたどりながら、いまこの時代に対峙し、変化をもたらそうとするアーティストたちの実践も紹介されている。今日の問題の解決策のひとつとしては、2000年以降、10組のアーティストや思想家、社会活動家たちが書いた『日々を生きるための手引集(Directory of Life)』が横浜美術館のグランドギャラリーのテーブルで置かれている。

 本展の展示作品は、互いに関連し合いながら、複雑に絡み合ってもいる。多くの糸があるなかで、展覧会のメインとなる糸は何かとルーに尋ねると、彼女はこう答えた。「核となるのは、個人の主体性についてだろう。大きな構造やイデオロギー的な論争に支配されず、自分自身の主体性を忘れてはいけないのだ」。

展示風景より
展示風景より
展示風景より
展示風景より
展示風景より、SIDE CORE《big letter, small things》(2024)