国内外から67組のアーティストが参加する芸術祭「ヨコハマトリエンナーレ2020」が7月17日に開幕した。2001年の初開催から数えて7回めとなる今回のトリエンナーレは、横浜美術館とプロット48を中心に作品が展示される。
新型コロナウイルスの影響により、本来の開幕予定より2週間ほど遅れての開幕となった横浜トリエンナーレ。新型コロナウイルス対策として、入場は日時指定の予約制とし、各会場には検温装置と手指消毒用のアルコールが設置。来館者にはマスクの着用が呼びかけられている。
「AFTERGLOW-光の破片をつかまえる」をコンセプトとした今回のトリエンナーレのアーティスティック・ディレクターは、3名のインド人アーティスト集団「ラクス・メディア・コレクティヴ」だ。「独学──自らたくましく学ぶ」「発光──学んで得た光を遠くまで投げかける」「友情──光の中で友情を育む」「ケア──互いを慈しむ」「毒──世界に否応なく存在する毒と共存する」という、コンセプトを深めるための「ソース(source、 源泉の意味)」と呼ばれる5つのテキストからこの芸術祭をつくりあげた。
開催に際して、ラクス・メディア・コレクティヴは以下のようにメッセージを伝えている。「世界が変革のときを迎えているいま、その先陣を切るトリエンナーレとなった。困難な時代の癒やし、そして変革の助けとなるアートの力を提示する場になると自覚している」。
横浜美術館の館長で、トリエンナーレ組織委員会副委員長を務める蔵屋美香は、以下のように語る。「提示された当初はわからない部分も多かったラクス・メディア・コレクティヴによる5つのソースは、新型コロナウイルスの影響を受けるいまでは、すべて実感を伴って感じられるものとなった。これから社会で起こることを捕まえてくるのがアーティストだ。現在の世界が置かれた状況は、ラクスが捕まえていた未来に、世界中の人々が追いついたようなもの。今回の展覧会は、コロナ後の世界を生きる私たちにとって必要な知恵を与えてくれるものになる。五感を働かせながら、知恵を見つけてほしい」。
横浜美術館
トリエンナーレの会場となる横浜美術館は、プリントカーテンによって包まれ、通常時とは大きく異なる外観にまず目を引かれる。イヴァナ・フランケの手による《予期せぬ共鳴》(2020)と題されたこの作品。風を受けてプリントカーテンが揺れ、明るさやパターンが変化するその様は、不安定であると同時に、自在でもあるという、現在の世界のかたちを思わせる。
入口からエントランスに足を踏み入れると、天井一面に飾られたニック・ケイヴによる《回転する森》(2016/2020)が出迎えてくれる。アメリカの住宅の庭に装飾として飾られる「ガーデン・ウインド・スピナー」を天井からいくつもぶら下げることで、エントランスの吹き抜け全体にゆらぎときらめきが生まれている。
まるで、光の中を歩いているような美しい空間だが、よく見ればスピナーの中には銃や弾丸といった暴力性を示唆するモチーフもある、ニック・ケイヴがアフリカ系アメリカ人のアーティストであることからも、現代のアメリカ社会が対峙するコロナ、銃、人種といった困難な状況も想起させる。
最初の展示室では、新井卓の「千人針」をテーマとした一連の作品が暗闇のなかで展示されている。戦場に赴く兵士たちが無事に戻るように、1000人の女性たちが祈りながら玉結びを布に縫いつけた「千人針」を扱いながら、人々の切なる思いが権力に利用されることの構造を、映像やダゲレオタイプ写真で提示する。
群馬を拠点に活動する竹村京による、修復することで制作された作品群にも注目したい。壊れたものを布でつつみ、その上から破損箇所を、発光クラゲの遺伝子を移植した蚕がつくった光る糸で修復した。思い入れのある生活の道具を修復する行為は、本展のソースのひとつ「ケア──互いを慈しむ」ともつながるものがある。
映像作品にも、他者に寄り添いながら、そこに光を見出すような作品が散見される。飯山由貴の映像作品《海の観音さまに会いに行く》(2014/2020)は、精神疾患を抱えた妹との距離を縮めるために、作家が妹の世界を体験しようとする映像作品。妹とのあいだに発生した「共依存」の関係は、私的な空間を飛び越え、日本の精神疾患を巡る長い歴史のなかにも見出されるようになる。
陳哲(チェン・ズ)《パラドックスの窓》(2020)は、「たそがれ時」に言及する文学作品に魅了され、それらが描写する複雑で儚い体験を映像作品だ。他にも、鮮やかな色彩をつくり出す北アメリカの放射性廃棄物処理施設を撮影したローザ・バルバの《地球に身を傾ける》(2015)など、大型の映像作品と対峙できる空間が用意され、見る者の思索を深めてくれる。
3階通路でひときわ目を引くのが、腸のようなシルエットで横たわる、柔らかな素材でつくられたエヴァ・ファブレガスによる巨大な立体作品《からみあい》(2020)だ。ラクス・メディア・コレクティヴはこの造型から、腸内細菌がつくり出す世界を想像し、体内の1000腸個の細菌に思いを馳せながら、展示をキュレーションしたという。
インゲラ・イルマンも、巨大な立体作品《ジャイアント・ホグウィード》(2016/2020)を展示している。これは中央アジア原産の植物、ジャイアント・ホグウィード(和名:バイカルハナウド)を巨大化させたもの。19世紀に観賞用として世界中に広まりながらも、触るとかぶれを引き起こす毒性を持ったこの植物の姿を通して、美しさと毒の共生について考える契機を提供する。上述の《からみあい》や本作は、「ソース」のひとつである「毒──世界に否応なく存在する毒と共存する」とつながるものだろう。
横浜美術館のなかでも象徴的な、エントランスの吹き抜けにある階段状の展示空間に、青野文昭は複数作品を展示した。震災後に東北の浜辺で収集した家具の一部をはじめ、いずれも様々な理由で廃棄されたり壊れたりしたものが修復され、新しい姿へと蘇っている。
プロット48
移転した「横浜アンパンマンこどもミュージアム」の建物を利用した「プロット48」でも、多くのアーティストが展示を行っている。
プロット48の展示で印象的なのが、性を様々な観点で切り取った作品だ。オーストラリアのメディアアーティスト、エレナ・ノックスの《ヴォルカナ・ブレインストーム(ホットラーバ・バージョン)》(2019/2020)は、共通のテーマのもとに、様々なアーティストによる作品や、過去のワークショップで制作された作品が集まっている。
ノックスが提示する共通テーマとは「どうすればエビをセクシーな気分にさせられるのか」というもの。太陽光があれば自己完結的に生態系が存続するという、海藻、バクテリア、エビなどを水槽に入れた循環システム「エコスフィア」。しかし、その中のエビたちは、すべての生態系バランスが取れているにも関わらず、なぜか繁殖することを止めてしまうという。生殖を考えるうえでも興味深いこの事例のもとに、多くの作品が集まった。
中国のソーシャリー・エンゲージド・アートにおいて注目を集めてきた鄭波(ジェン・ボー)の映像作品「シダ性愛」シリーズ(2016〜)は、シダ植物と男性たちとの性的な交流が疑似体験として描かれる。ラス・リグタス《プラネット・ブルー》(2020)も、ウェブ配信上でのコミュニケーションを思わせる映像作品とダブルベッド、裸の男女の人形などを組み合わせ、現代における性について考える契機が提供されている。
トリエンナーレのテーマにも含まれている「毒との共生」という観点では、ナイジェリアのアーティスト、ラヒマ・ガンボによる映像と静止画による作品《タツニア物語》(2017)も象徴的だ。イスラム過激派組織「ボコ・ハラム」の襲撃をたびたび受けてきた地域の少女たちが、自らの意思で学校に戻ってきて戯れる様子が映像や写真で記録されている。暴力という「毒」と共生しながらも、学校に集う彼女たちの姿に未来を見出す人も多いのではないだろうか。
共存という観点では、野外に設置されたファーミング・アーキテクツの作品も興味深い。ズン ・アン ・ヴィエットとニャン ・アン ・タンにより設立され、ハノイを拠点に活動している建築設計事務所、ファーミング・アーキテクツ。植物と水槽を組み合わせた木製枠による《空間の連立》(2020)は、水槽の魚のフンが植物の養分になり、植物によって魚の住む水が浄化する循環システムとして機能する。
また、飯川雄大《デコレータークラブ 配置・調整・周遊》(2020)は、参加者同士の協力が不可欠な展示であり、「ソース」の「友情──光の中で友情を育む」を強く意識させられる。限られた人数で展示スペースに入った後は、スタッフの案内のもと、一緒に入った人々と協力してアクションを起こさなければ、展示を最後まで見ることが出来ない。展示に参加するにはウェブからの事前予約が必要となるが、ぜひ、他者と協力することで生まれる場の変化、そして自分自身の変化を体験してみてほしい。
エピソード
横浜トリエンナーレ2020は、これらの展覧会だけで構成されるわけではない。ラクス・メディア・コレクティヴの発案により、展覧会が始まる前、そして終わった後も続く「エピソード」と呼ばれるパフォーマンスやレクチャーのシリーズが組まれている。
「エピソード」は、昨年11月の「エピソード00」から始まっており、横浜美術館ではキュレーター・インティ・ゲレロによる展示企画「エピソード04」が開催中であり、また岩井優による紙袋型マスクを制作するアクションとディスカッション「エピソード06」は現在ウェブサイトより参加者を募集中だ。さらにラクス・メディア・コレクティヴ自身による「エピソード10」も予定されている。
こうした実地で行う「エピソード」の他に、7月3日よりオンライン上の映像コンテンツとして展開される「エピソードX」が公開されている。既に「エピソードX」では川久保ジョイ、デニス・タン、新宅加奈子、タウス・マハチェヴァ、ハイグ・アイヴァジアン、岩井優の作品が公開されているので、ぜひチェックしてみてほしい。
新型コロナウイルスにより、実地へのアーティストの招待も難しくなり、オンラインでミーティングを重ねながら開催準備を進めてきたヨコハマトリエンナーレ2020。未だ、世界ではウイルスが猛威を奮っているが、この時代においてアートはいかなることが達成でき、アーティストと作品はいかなる道筋を切り開くことができるのかを考えさせられる作品が揃っている。新たな時代にアートはどんなことを実現できるのか、ぜひその目で確かめてほしい。