「門外不出」の名品を高精細で複製
ワシントンD.C.にある国立アジア美術館、同館開館100周年を記念し、京都・建仁寺である展覧会を開幕させた。
「スミソニアン国立アジア美術館の至宝〜高精細複製品による里帰り」と題されたこの展覧会は、その名の通り国立アジア美術館が所蔵する日本美術の優品の高精細複製品を展覧するものだ。このプロジェクトは、キヤノンと京都文化協会が行っている文化財の継承プロジェクト「綴プロジェクト」の一環として行われている。しかしなぜ「高精細複製品」の展示なのか? その背景にあるのは美術館の方針だ。
国立アジア美術館はアメリカ初のアジア美術専門のミュージアムであり、実業家チャールズ・ラング・フリーア(1854〜1919)が蒐集した7500点のコレクションをスミソニアン協会に寄贈したことがきっかけとなり、1923年にフリーア美術館として開館した。現在はフリーア美術館とアーサー・M・サックラー・ギャラリーで構成されたものを国立アジア美術館と称している。
同館は日本美術の豊富なコレクションで知られ、約1万5000点にも及ぶ作品(アジア美術の所蔵点数は4万7000点)は美術館の核をなす。しかしながらその所蔵品の多くはフリーアの遺言によって「門外不出」とされており、館外で展示される機会はない。そこで国立アジア美術館は同館日本美術コレクションを日本人と共有するため、長年にわたり、高度な撮影・印刷技術と金箔や表装などの伝統工芸を組み合わせた高精細な複製品を制作する綴プロジェクトに協力してきたという経緯がある。
本展では、綴プロジェクトで制作された同館の高精細複製品23点のうち、同館学芸員が選んだ19点を一堂に公開。今回のハイライトは初公開となる複数の作品だ。
綴プロジェクト最新作としては、池田孤邨筆《紅葉に流水・山景図屏風》や俵屋宗達筆《扇面散図屏風》、狩野元信筆《四季花木草花下絵山水図押絵貼屏風》を展覧。また世界最大の所蔵数を誇る北斎コレクションからは、肉筆画の《富嶽図》や《雲龍図》などが並ぶ。
例えば池田孤邨の《紅葉に流水・山景図屏風》は1856年から58年頃にかけて制作された孤邨の代表作。表面に鮮やかな紅葉を配した川が、裏面には文人画風の水墨山水が描かれたもので、秋に鑑賞するにはこのうえない作品だ。
琳派の祖・俵屋宗達は国立アジア美術館コレクションの代表絵師であり、建仁寺が所蔵する国宝《風神雷神図》を描いたことでも知られる。扇子を散りばめた《扇面散図屏風》や、立体的な波のうねりが描かれた《松島図屏風》、宗達最大の水墨画で「たらしこみ」を使用した代表作である《雲龍図屏風》などが並ぶ。また同じく琳派を代表する絵師・尾形光琳の、19羽の鶴の群れを左右にリズミカルに配した《群鶴図屏風》も見逃せない。
北斎80歳のときの作品である《富嶽図》は国立アジア美術館の北斎コレクション最初期の一作であり、1898年に美術史家として知られるアーネスト・フェノロサから購入されたものだ。また《富士田園景図》は北斎唯一の六曲一双屏風であり、こちらは左隻と右隻をそれぞれ、フェノロサとその前妻から購入したものだという。
高精細複製品が伝えるもの
スミソニアン国立アジア美術館のチェイス・ロビンソン館長は、本プロジェクトについて「高度な技術と伝統工芸によって生み出された複製品は、所蔵する貴重な絵画の代わりとして、世界中の人々が鑑賞できるようになった。原本は光に敏感であるため、こうした展覧会は実現できないが、複製品によって自然光での鑑賞が可能となった」としており、複製品ならではの意義を強調する。
また国立アジア美術館で日本美術主任学芸員を務めるフランク・フェルテンズは「この展示は長年の夢だった」としつつ、高精細複製品を建仁寺で展示することの意味を次のように語った。「日本美術は歴史的な環境で見ることが大事。原本との差がわかりにくいほどレベルが高い高精細複製品だからこそ、良い鑑賞体験を提供できると考えている」。
作品保護の関係上、原本では不可能なガラスケース無しの自然光による作品展示。これよって、鑑賞者は作品が描かれた当時を彷彿とさせる環境で作品と対峙することが可能となった。自然光による金箔の表情の変化などは、こうした環境でない限り決して見ることはできない。原本に限りなく近いかたちで実現された複製品は、美術館では見ることができない作品の表情を提示してくれるだろう。