日本画家たちが実際に訪れ描いた場所を「聖地」とし、美術館での鑑賞体験を通じて「聖地巡礼」を味わう展覧会「日本画聖地巡礼 ―東山魁夷の京都、奥村土牛の鳴門―」が、東京・広尾の山種美術館で開催中だ。会期は11月26日まで。
「聖地巡礼」とは本来宗教上の聖地を訪ね回ることであるが、昨今では小説やドラマ、マンガ、アニメなどの舞台となった場所をファンが訪れることも同様に呼ばれ、その認識は広がりを見せている。
本展はそのような視点から、山種美術館のコレクションをとらえることで新たな鑑賞体験を提示するとともに、現地の写真や画家のスケッチ、言葉などの資料もあわせて展示。描いた画家の目を借りながら、北海道から沖縄までの様々な「聖地」を体験できるというものだ。
例えば、展示室でまず目にするのは奥村土牛の《鳴門》だ。徳島県の鳴門海峡で写生を繰り返したという奥村は小舟に乗って渦潮を観察。「落ちないように着物の帯を家内に掴んでもらっていた」というようなエピソードもあわせて紹介されている。そのダイナミックさやこの地域ならではのグリーンの海が美しい作品だ。
少し先に進むと、栃木県日光市にある輪王寺を題材にした川端龍子の《月光》が展示されている。これは3代将軍・家光を祀った大猷院の相の間を描いたもので、権現造りの屋根や装飾に焦点を当てたユニークな構図が印象的だ。右上にうっすらと描かれた月も、社殿の様子と相まって荘厳な雰囲気を感じさせる。
青森県十和田市の名所で、画家にも人気のスポットである奥入瀬渓流は、画家によって様々な描かれ方をしている。イラストレーターから転じて日本画家になったという石田武の《四季奥入瀬 秋韻》(個人蔵)は、現地の様子を忠実に描きつつも、描き込みの粗密やすっきりとした構図など、デザイン性が随所に感じられる作品だ。
いっぽう並べて展示されている奥田元宋の《奥入瀬(秋)》は、実際には見られないという真っ赤な紅葉や急流が演出されている。多彩な赤色を使いこなした「元宋の赤」が見られる大作と言えるだろう。
本展のメインビジュアルとしても使用されているのは、速水御舟の《名樹散椿》【重要文化財】だ。これは京都の椿寺地蔵院の名木「五色八重散椿」を描いたものだが、実際の椿の姿と見比べると、その見え方をデザイン的に演出していることがわかるだろう。その精緻に描かれた椿の花や蕾、そして金砂子を何度も撒いて整える蒔絵の技法が施された画面からは、時間とお金をかけて丁寧につくられた作品であることがうかがえる。本作は昭和期に初めて重要文化財に指定されている。
東山魁夷の作品のなかでも人気のある《年暮る》は、京都の街並みを描いたものだ。これは魁夷馴染みの宿であった京都ホテル(現在のホテルオークラ京都)から見下ろした景色であり、いまは見ることのできない建造物が多く存在している。人が住まう場所はとくにその様相を時間とともに変えていくため、絵として留められた景色と現在の有り様を比べて鑑賞するのも楽しみ方のひとつかもしれない。
本展ではほかにも、「歴史画」という側面から聖地巡礼の可能性を提示している。平家物語でも有名な那須与一(宗隆)の扇の的当てのワンシーンを描いた《那須宗隆射扇図》や、平清盛の娘である建礼門院(徳子)が最期に過ごした大原の寂光院を描いた《大原の奥》も紹介。多種多様な日本画を通じて、いまでも残る歴史の足跡をたどることができるだろう。