エスパス ルイ・ヴィトン大阪で、同スペース4回目の展覧会を飾る抽象画家シモン・アンタイ(1922〜2008)の回顧展「Folding」が開幕した。会期は2024年2月4日まで。
ハンガリー・ビアトルバギーに生まれたアンタイは、ブダペスト美術学校で学んだのち、1949年にパリに移住し、シュルレアリスムの潮流に身を投じた。その後、60年には独自の技法である「プリアージュ(折り畳み)」を生み出すこととなる。
キャンバスをくしゃくしゃに丸めて結び目をつくり、その上に一様に絵具を塗り、さらに広げて、顔料と下地が交互に変化するマトリックスを出現させるプリアージュで高い評価を受けたアンタイは、76年にポンピドゥー・センターで回顧展が開催され、82年にはフランス代表としてヴェネチア・ビエンナーレにも参加。華々しいキャリアを積むものの、その数ヶ月後には「引退宣言」をして表舞台から姿を消した。
しかしながら2013年には没後初めての回顧展がポンピドゥー・センターで開催され、1949年から1990年代までの130点以上の作品が展示。昨年の生誕100年の節目では、パリのフォンダシオン ルイ・ヴィトンでアンタイの大規模回顧展「Simon Hantai. The Centenary Exhibition」が開催され、1957年から2000年までの大判作品を中心にしたアンタイの作品130点以上が、アンリ・マティスやジャクソン・ポロックなど、彼に影響を与えたほかの主要アーティストの作品とともに展示された。
今回のエスパス ルイ・ヴィトン大阪での個展は、フォンダシオン ルイ・ヴィトンのコレクションより、アンタイがフランスで活躍した1960年代初頭から1980年代にかけて制作した9作品が並ぶもの。アンタイはプリアージュによって8つのシリーズを手がけており、会場ではこのうち3つのシリーズ見ることができる。
会場の冒頭を飾る「Mariales(聖母マリアのマント)」は、プリアージュの初期に当たる60年代初頭に制作されたもので、全27作品が制作された。ジョット・ディ・ボンドーネの絵画《荘厳の聖母》に描かれた聖母の衣服から着想されたというこれらの作品は、キャンパス表面にはっきりとした凹凸が認められ、画面全体が色で覆われているのが大きな特徴だ。
いっぽう、「Étude(習作)」シリーズは「Mariales(聖母マリアのマント)」とは異なり、折り込まれて色がつかなかった部分はあえて空白のままで残すという画面構成が見られる。また色彩は単色であり、模様の躍動感も顕著だ。
会場で大きな存在感を放つ「Tabulas(タビュラ)」は、プリアージュによる最後のシリーズであり、その集大成と考えられるものだ。キャンバスを等間隔で縛ることで生まれた、規則的でシンプルなグリッドに沿った四角形の数々。それが反復するように画面に広がり、独特のリズムを生み出している。
なお本展で展示されている2作品は、フォンダシオン ルイ・ヴィトンがアンタイのスタジオから直接購入したもので、今回が世界初公開となる。
会場の最後を飾る《SANS TITRE #503、PARIS》は1984年に制作されたもので、複雑な「折り畳み」と複数の色彩によって画面が構成されている。アンタイは82年の引退宣言後、98年まで新作を発表していない。しかしながらその裏では絶えず絵画制作を続けていたことが、この作品からわかるだろう。
98年には新シリーズ「Laissées」を、2001年にはデジタルプリントの「Suaire(聖骸布)」シリーズを発表したアンタイ。日本では80年代初頭に大阪のギャラリーで個展が開催されたことがわかっているほかは大きな個展の経歴はないため、本展が貴重な機会であることは言うまでもない。その絶え間ない絵画の実践において重要なプリアージュの作品群を、ぜひ会場で目撃してほしい。