• HOME
  • MAGAZINE
  • NEWS
  • REPORT
  • グラスアートから見えてくるフィンランドの歴史と文化。東京都…
2023.6.24

グラスアートから見えてくるフィンランドの歴史と文化。東京都庭園美術館で傑作を見る

フィンランドの歴史や文化とともにあった「アートグラス」にフォーカスした展覧会「フィンランド・グラスアート 輝きと彩りのモダンデザイン」が東京都庭園美術館で開幕。会期は9月3日まで。

文・写真=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より
前へ
次へ

 家具やインテリア、飲食器などのプロダクトデザインにおいて、強い影響力を持つフィンランド。そんなフィンランドのプロダクトのなかでも、「アートグラス」にフォーカスした展覧会「フィンランド・グラスアート 輝きと彩りのモダンデザイン」が、東京都庭園美術館で開幕した。会期は9月3日まで。

 なお、本展は富山市ガラス美術館、茨城県陶芸美術館より巡回。今後は山口県立萩美術館・浦上記念館(9月16日〜12月3日)、岐阜県現代陶芸美術館(12月16日〜24年3月3日)、兵庫陶芸美術館(24年3月16日〜5月26日)と巡回する予定だ。

展示風景より、カイ・フランクの作品

 展覧会は第1章「フィンランド・グラスアートの台頭」、第2章「黄金期の巨匠たち」、第3章「フィンランド・グラスアートの今」の3章構成。誰の目にも美しいグラスアートを展示しながら、8名のデザイナーがいかにガラスという素材に向き合ってきたのかを探る。

展示風景より、オイヴァ・トイッカ《モンスター、ユニークピース》(1966)
展示風景より、タピオ・ヴィルッカラ《フィヨルド[3405/3805]》(1950)

 「第1章 フィンランド・グラスアートの台頭」は、フィンランドのグラスアートのパイオニアとも言うべきデザイナーの作品を展示している。

 1917年、フィンランドはロシアから独立。ナショナリズムが高まるなかで、新しい国づくりと国民のアイデンティティを取り戻すために様々な側面でモダニズムが推進された。ガラスの分野も例外ではなく、1930年代にミラノ・トリエンナーレや万国博覧会などの国際展示会、それらに向けた国内コンペティションが数多く開催されるうちに、よりモダンなデザインが求められるようになったという。芸術的志向の高いプロダクト「アートグラス」にフィンランドのアイデンティティを込めるようになったのもこの頃だ。

展示風景より、グンネル・ニューマン《カラー[T/75,6830]》(1946)

 本章では、フィンランドのグラスアートのパイオニアとも言うべきデザイナー、アルヴァ(1898〜1976)とアイノ(1894〜1949)のアアルト夫妻、グンネル・ニューマン(1909〜1948)の作品が紹介されている。

展示風景より、グンネル・ニューマンの作品

 アアルト夫妻によるデザインのアイコンとなっているのが、波打つようなフォルムが特徴的な花器《サヴォイ》だ。サーミ人の伝統衣装にインスピレーションを得てデザインされた本作は、1954年よりイッタラ・ガラス製作所で生産され続けている。《アアルト・フラワー》は、皿、鉢、ボウルを重ねることで、まるで花の彫刻のように見える器。会場では複数の色を組み合わせた美しいグラデーションを見ることが可能だ。朝香宮邸の食堂から客間にかけての外光が美しい空間でアアルト夫妻がつくり出した独創的なフォルムを楽しみたい。

展示風景より、左からアルヴァ・アアルト《フィンランディア[9753,0551-60,3031-600-00]》(1937)、《サヴォイ[9750]》(1937)
展示風景より、アルヴァ&アイノ・アアルト《アアルト・フラワー[3031,3032,3033,3034]》(1939)

 ニューマンは39歳の若さで世を去ったデザイナーだ。その短い活動期間において多くのデザインを考案しガラス製作所に提供した。ミニマムな造形を持つ人物や鳥などが彫られた器はいま見ても新鮮だが、とくにニューマンの代表作である《ファセットⅠ[T/76,6838]》(1941)は注目に値する。一枚の葉を単純化し洗練されたデザインへと昇華した本作は、クリスタルガラスのカットが生み出したしなやかな曲線が光を浴びて多彩な表情をみせ、ガラスという素材の奥深さが体現されている。

展示風景より、左がグンネル・ニューマン《ファセットⅠ[T/76,6838]》(1941)

 第2章「黄金期の巨匠たち」は、フィンランドが第二次世界大戦後の困窮を乗り越え、高品質なデザインによってアイデンティティを確立した1950年代以降の黄金期と呼ばれる時代にフォーカス。この時代に活躍したカイ・フランク(1911〜1989)、タピオ・ヴィルッカラ(1915〜1985)、ティモ・サルパネヴァ(1926〜2006)、オイヴァ・トイッカ(1931〜2019)を取り上げる。

展示風景より、カイ・フランクの作品

 フランクは「フィンランド・デザインの良心」の異名を持つガラス・陶器デザイナーだ。優秀なガラス製品をデザインするいっぽうで、量産品とは一線を画す実験的な作品を生み出している。実験的な調合による独特のテクスチャや、大胆な色使いなど、ユニークピースならではの独創性を楽しみたい。

展示風景より、カイ・フランクの作品
展示風景より、カイ・フランクの作品

 ヴィルッカラはあらゆる素材の特質をとらえたマルチデザイナー。フィンランドの自然を巧みにデザインに取り込んでおり、会場ではキノコやトナカイ、氷といった自然の造形美が織り込まれた作品を見ることができる。

展示風景より、タピオ・ヴィルッカラ《杏茸》[3200/3800](1946)
展示風景より、タピオ・ヴィルッカラ《パーダルの氷》(1960)

 サルパネヴァはガラスがアートの素材として扱われにくかった時代においても、つねにアートとしての可能性を志向していたデザイナーだ。その抽象的なオブジェの数々は、流体としてのガラスの性質そのものを体現するかのうような、ダイナミックな躍動を見せる。

展示風景より、ティモ・サルパネヴァの作品

 トイッカは、日用品からアートグラスまで、カラフルで自由な造形に満ちた作品をデザインした。舞台美術やテキスタイルのデザインも手がけたトイッカの、豊かな想像力を会場で楽しんでほしい。

展示風景より、オイヴァ・トイッカの作品
展示風景より、オイヴァ・トイッカ《知恵の樹、ユニークピース》(2008)

 第3章「フィンランド・グラスアートの今」では、現在精力的に活動するマルック・サロ(1954〜)、ヨーナス・ラークソ(1980〜)のふたりを紹介する。

 サロの代表作は、自作の金属製メッシュに直接ガラスを吹き込んだ「メッシュ」シリーズだ。ガラスの表面の繊細なテクスチャはサロの作品でしか見られない高い独創性を感じさせる。

展示風景より、マルック・サロの作品

 ラークソは、ヴェネチアン・グラスに由来する確固たる技術を持ちながらも、身近な流行の映画や菓子といった身近なものをモチーフに親しみやすい造形の作品を制作している。そのユーモラスなシルエットと色彩は、ガラスとい素材の可能性を雄弁に語る。

展示風景より、ヨーナス・ラークソの作品

 現在、グローバル経済の枠組みのなかで、フィンランドのグラスアートの状況も変化しているという。老舗のガラス製作所は閉所し、残ったメーカーも外部からデザイナーを招致するようになった。それでもアートグラスの分野においては、かつての巨匠たちと志を同じくし、新たな技術と表現を磨く作家が育っている。涼し気なグラスアートを邸宅建築で見るのみならず、フィンランドという国の歴史と文化のこれまでとこれからに触れることができる展覧会だ。

展示風景より、左からティモ・サルパネヴァ《アーキペラゴ》(1979)、《アーキペラゴ[3145]》(1978)