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「アーツ・アンド・クラフツ運動」と「日常のデザイン」──現代にも通ずるウィリアム・モリスの理想とは?

「デザイン史」の視点から現代における様々なトピックスを考える連載企画「デザイン史と歩く現代社会」。テーマごとに異なる執筆者が担当し、多様なデザインの視点で社会をとらえることを試みる。第1回は、本連載の監修者でデザイン史研究を行う野見山桜が「アーツ・アンド・クラフツ運動」を起点に、日常に溶け込む思想や価値観、デザインの魅力について論じる。

文・監修=野見山桜(デザイン史研究)

The north front of Red House in London | © National Trust Images/Andrew Butler(https://www.nationaltrust.org.uk/visit/london/red-house)

現代社会を「デザイン史」と歩いてみる

連載のはじめに

 「デザイン」という言葉はちまたにあふれていますが、その歴史となると、途端に得体の知れないものに思えてくるのではないでしょうか。誰によるデザインだとか、ある特定の時代や様式の話が出てくることは、なんとなく想像がつく人もいるかもしれません。しかし、実際にその知識が私たちの生活にどう役に立つのかと問われると、なかなか具体例を出すのは難しいものです(デザイナーズ家具を買うときのうんちくだけじゃない、何かがあるはず……)。

 私たちが普段の生活でふれる「デザインされたもの」とは、伝統や思想、価値観など、目に見えないものがかたちに落とし込まれたものです。例えば、今年流行のファッション、インテリア、ポピュラーカルチャー。これらはどれも各分野の専門家たちが歴史化という作業をする際に、2023年がどんな時代だったのかを分析するための重要な判断材料となります。そこに動向や特徴などを見出し、人々の生活や社会に対する意識の変化を読み取ることができるのです。

 ある時代のデザインについて考えるということは、その時代の「社会の営み」について考えること。つまり「デザイン史=人々の社会の営みのつながり」であると言えます。そう考えると、少し身近なものに感じられるのではないでしょうか。

 本連載はデザインの歴史を紹介するとともに、それを起点に現代社会における様々なトピックスを考えてみることが目的です。デザイン史が現代の思考やデザインの実践に新しい視点をもたらし、想像(創造)のきっかけになること、そしてデザイン史の面白さと可能性がより多くの読者に伝わることを期待しています。

 初回の起点となるのは「アーツ・アンド・クラフツ運動」。デザイン史は産業革命を始まりとすることが多く、その関連で最初に取り上げられるデザイン運動です。この運動を通じて150年近くも昔に唱えられた理想と価値観が、いったいどのようにかたちを変えながら現代にも受け継がれているのでしょうか。

デザイン史の幕開け。
「アーツ・アンド・クラフツ運動」とは何か

 デザイン史が産業革命を起点に語られることの重要な背景のひとつとして、エネルギー革新による機械化が進んだことが挙げられます。これにより大規模な生産活動が可能となり、大衆までもが物質的な豊かさを享受できるようになりました。いっぽうそれにより顕著となったのは、量産されるものの美的な問題です。機械のおかげで製造や加工のスピードは上がったけれど、手作業で生み出されたものと比べるとその完成度は高いとは言えませんでした。それにより、「機械には機械に応じた造形の考え方をすべき」「機械を使うことに反対」といった考えを持つ人たちが出てきました。ほかにも、「価値づけのための過度な装飾は悪」だとか「装飾にも正しさや間違いがある」と説いた人もいたりと、現代と同様に、つくられたものやその製造過程に良し悪しを見ていた人たちがいたのです。

 産業革命で生まれた社会の変化に対する応答として、後世に影響力を持ったのが「アーツ・アンド・クラフツ運動」です。これは19世紀末から20世紀の初頭まで、イギリスと欧米諸国で盛んとなった国際的な芸術運動で、機械の登場で衰退しつつある「手工芸の復興」や「装飾芸術の地位向上」を掲げました。その活動の主導的な役割を担ったのが、ウィリアム・モリス(1834〜1896)です。モリスは、工業化が始まる前の時代に美と道徳の理想を見出しており、残された文章や講義の記録には、現代における議論の起源とも言える事柄が書かれています。今回はそれらのなかから2つのテーマを選び出し、現代の事象と比較しながら紹介していきます。

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