2023.6.10

三沢厚彦の30年とこれからを見る展覧会。千葉市美術館と接続するその「多元性」

彫刻家・三沢厚彦のこれまでの制作活動をたどる展覧会「三沢厚彦 ANIMALS/Multi-dimensions」が千葉市美術館で開幕した。会期は9月10日まで。

文・写真=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、三沢厚彦《キメラ》
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 千葉市美術館で彫刻家・三沢厚彦の個展「三沢厚彦 ANIMALS/Multi-dimensions(アニマルズ/マルチ・ディメンションズ)」が開幕した。会期は9月10日まで。

展示風景より、三沢厚彦《サイ》(2022)

 三沢は1961年京都府生まれ。幼少期から京都や奈良の仏像に親しむうちに彫刻の魅力に惹かれ、彫刻家を志す。高校、大学と彫刻科で学び、東京藝術大学大学院美術研究科修士課程彫刻専攻を修了した。1990年代に流木などを寄せ集めて制作された「コロイドトンプ」シリーズで注目を浴び、人間の想像力への関心から2000年より手がけている「ANIMALS」では、動物のリアリティを追求していく革新的な造形が評価されている。

展示風景より、三沢厚彦《ヘラジカ》(2013)

 本展に冠された「Multi-dimensions」という言葉について、担当学芸員の森啓輔は次のように語った。

 「『多次元』という意味を持つ『Multi-dimensions』というテーマは、大谷幸夫が設計した千葉市美術館という建物と接続している。三沢からは『多様性』『多次元性』『中庭』『シンクロニシティ(共時性)』といったキーワードが提示されたが、このなかの『多次元』をテーマに据えることにした。8階で『ANIMALS』を展示。そして7階で90年代の初期作品や『コロイドトンプ』シリーズ、千葉市美術館のコレクションとのコラボレーション、近年三沢が取り組む空想上の動物シリーズなどを展示した」。

展示風景より、ともに三沢厚彦《彫刻家の棚(彫刻家へのオマージュ)》(1993)

 8階ロビーから展示室に入ると、まずは「ANIMALS」シリーズの《ライオン(白)》(2016)が来場者を迎える。ブロンズ製でありながらも表面の表情豊かな油彩の質感は、同じ空間に展示されている油彩画の《ライオン》(2018)と見比べることで、三沢の彫刻における色彩へのこだわりをより深く理解できるだろう。

展示風景より、三沢厚彦《ライオン(白)》(2016)

  カエル、トリ、ミミズク、ハツカネズミといった小さな彫刻から、マルミミゾウ、チーター、ワシ、ワニ、ヘラジカなどの大型の彫刻まで、様々な動物が目を楽しませてくれる。

展示風景より、三沢厚彦《ワニ》(2022)

 こうした彫刻を制作する際に三沢が愛用する素材が樟(クスノキ)だ。本展に展示された三沢の言葉を記したパネルの中に興味深いものがある。「僕の展覧会の展示空間には樟のいい香りがする、とよく耳にする。その香りはアニマル達と常に共存している」。三沢のこの言葉どおり、確かに会場には、木と油絵具の香りが混ざったような独特な匂いが充満している。こうした嗅覚を含めた鑑賞体験は、ビルの中にある展示室においても、動物たちが持つ生の感覚を呼び起こしてくれる。

展示風景より、左から三沢厚彦《バク》(2009)、《カモシカ》(2018)

 さらに本展では三沢が滞在して制作するスペース「中庭部屋」が用意されていることも特筆すべき試みだろう。ここでは三沢が制作を行うのみならず、音楽家・山本精一のライブを実施する予定だ。会場は三沢と来場者との出会いから会期中つねに変化していくという。

展示風景より、「中庭部屋」で作業する三沢厚彦

 7階では、三沢が1994年より始めた「コロイドトンプ」シリーズを紹介する。本シリーズは三沢が活動拠点とする神奈川の海岸で、流れ着いた流木と出会ったことから始まった。流木の美しさに惹かれた三沢は、やがて海岸で拾った流木や廃材、日用品といった物質を使用し、クマやウマといった動物の造形を制作している。

展示風景より、三沢厚彦《コロイドトンプ(ウマグマ)》(1995)

 《コロイドトンプ(ヒトウマ)》(1998)をはじめ、本シリーズは海岸に流れ着いたものに素材として意味を与えている。人間とも動物ともつかない、しかし生命であることがわかるように再構築するこのシリーズは、その後の三沢の活動を示唆していると言えるだろう。

展示風景より、三沢厚彦《コロイドトンプ(ヒトウマ)》(1998)

 また、7階では同館の収蔵作品である長谷川潔の《水浴の少女と魚》(1925)と三沢のコラボレーションも見ることができる。長谷川の少女と魚による作品を三沢は幻想的なセイレーンとして解釈し、セラミックに油彩の《人魚と魚》(2023)をつくりあげた。なお、この展示空間には三沢の撮影と映像による作品《Puulse moment》も展示されており、三沢が長谷川をどのようにとらえ、どのようにアウトプットしたのかを知ることができる。

展示風景より、三沢厚彦《人魚と魚》(2023)

 なお、本展示は千葉市美術館の全体で展開されている。1927年に設立された旧川崎銀行千葉支店の建築を包み込んだ「さや堂ホール」と名づけられた美術館のエントランスのほか、エレベーターホールやびじゅつライブラリー(図書室)などでも三沢作品が展示されている。

展示風景より、三沢厚彦《Animal 2010-03 ペガサス》(2010)
展示風景より、三沢厚彦《Animal 2009-02B クマ(茶)》(2009)

 三沢は展覧会のパネルに、クマというモチーフについて「童話やアニメに登場する愛すべきキャラクターとしてのクマと、野生の獰猛なクマ。クマほど、人々の相反するイメージが同居する動物も珍しいかもしれません」というメッセージを寄せている。動物というポップなモチーフが目立つ本展だが、そこに対象を見て解釈しかたちにするという、三沢の造形についての思想が見て取れる。人間は動物をはじめとした対象をどのようにとらえているのか。そのアウトプットについて深く考えることができる展覧会となっている。

展示風景より
展示風景より、左から三沢厚彦《クマ(こげ茶)》(2016)、《クマ(茶)》(2016)、《クマ(白)》(2018)

 なお、本展のミュージアムグッズとして、三沢と海洋堂がコラボレーションしたフィギュアシリーズ第2弾「トラ」が先行販売されている。こちらもチェックしてみてはいかがだろうか。

ミュージアムショップより、三沢厚彦×海洋堂コラボレーションフィギュアシリーズ第2弾「トラ」