平面美術の領域で国際的にも通用するような将来性のある若い作家の支援を目的に、1994年より毎年開催されている美術展「VOCA展」。その30回目となる本展が、東京・上野の上野の森美術館で開幕した。会期は3月30日まで。
2023年は、大賞となる「VOCA賞」が永沢碧衣に決定。次いで「VOCA奨励賞」にはエレナ・トゥタッチコワと七搦綾乃が、「VOCA佳作賞」には黒山真央と田中藍衣が選出された。七搦は大原美術館が同館独自の選考を経て決定する「大原美術館賞」も受賞となった。
選考委員は前年同様、家村珠代(委員長 / 多摩美術大学教授)、荒木夏実(東京藝術大学准教授)、植松由佳(国立国際美術館学芸課長)、川浪千鶴(インディペンデント・キュレーター)、前山裕司(新潟市美術館館長)の5名が務めた。
VOCA賞を受賞した秋田出身の永沢碧衣による《山衣(やまごろも)をほどく》は、秋田のマタギにとって神聖な動物でありながらも捕獲駆除の対象ともなっているツキノワグマを描いた作品だ。自らも狩猟者として山で狩り、そのいのちを膠として作品制作に生かすことで、人間と自然の関係を丁寧に描き出している。受賞インタビューはこちら。
VOCA奨励賞を受賞したのは、エレナ・トゥタッチコワと七搦綾乃だ。トゥタッチコワによる《手のひらの距離とポケットの土》は、ドローイングやテキスト、セラミックを含んだキャンバスにとらわれることのないインスタレーション。歩くことを通じて環境と対話をする作家がすくい上げた世界の断片が点在している。
奨励賞に加えて大原美術館賞も受賞となった七搦綾乃の《Paradise Ⅳ》は、潮の満ち引きを連想するような作品だが、その表面は荒々しく刻まれた凹凸によって生み出されている。自然のなかで見ることができる力強さと繊細なまでの美しさをひとつの作品のなかで同時に見るような鑑賞体験であった。
佳作には黒山真央と田中藍衣が選出された。黒山の《SIBLINGS》は2種類の古着がニードルパンチで穿たれ、互いの繊維が透けて見えるほど絡みあっている。これらは自身の良好とは言い難い姉妹関係を発想に生まれた「関係性の標本」だという。9組18人の衣服の様相からは、それぞれまったく異なった関係性が浮かび上がって見えることだろう。
カリグラフィのような美しい線に引き寄せられて細部をみると、非常に実験的な思考で制作されていることに気付かされる作品が田中の《Running Around》だ。日本画の素材や技法に則りながらも、そのプロセスにおける制御の可否を自問自答するような本作は、一見の印象からは想像もつかないほど壮大なテーマを内包している。
会場では受賞作品以外にも絵画に囚われない意欲的な作品が並ぶ。内田聖良の《余白書店のバーチャルな本棚》は映像上に書き込みや汚れで傷んだ古書の背表紙が並ぶ。内田はこの傷みを「人間の創造性によって生み出された唯一無二のものである」ととらえ、その価値を既存のサービスで流通させようと試みた。鑑賞者は各背表紙のQRコードを読み込むことで、内田がたどった本にまつわるエピソードを追体験することができるというインタラクティブ性が鑑賞者の関心を引いていた。
自身の問題意識を写真として提示した作品も目を引いた。日常的に家事に勤しむ自身のすがたを「エッセンシャルワーカー」ととらえ、自宅で様々な役割をこなすすがたをセルフポートレートとして収めた木谷優太の《エッセンシャルワーカー》では、この状況を美談とも社会問題とも言い難いという不自由さに着目し、写真表現を用いてリアルに伝えている。
なお本展に加えて、VOCA展30周年を記念した「VOCA 30 YEARS STORY / KOBE」展も原⽥の森ギャラリーで開催中だ。VOCA1994~2022までの歴代のVOCA賞受賞作品30点をこの機会に総覧してみるのもおすすめだ。