映像作品や映像インスタレーションの技法を用いて、文化や政治に根付く課題に問いや批評を提示するオランダの現代アーティスト、ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ。その代表的な映像作品から新作までの6点を展示する個展「柔らかな舞台」が東京都現代美術館でスタートした。会期は2023年2月19日まで。担当学芸員は崔敬華(東京都現代美術館学芸員)。
ファン・オルデンボルフは、映像作品や映像インスタレーションを対話構築の契機とし、約20年以上にわたり実践的な表現を続けてきた。その作品は、文化的・政治的な社会問題を取り上げるとともに、登場するクルーがテーマについて対話する過程で発露する主観性や視座、関係性をとらえることで、鑑賞者の思考との「交差」を促すというものだ。制作においては、シナリオを設定せず撮影を行うという。
本展は植民地主義、ナショナリズム、家父長制、フェミニズム、ジェンダーの問題に対するファン・オルデンボルフの様々なアプローチを示す映像作品で構成。会場入口でヘッドフォンを受け取り、各作品を巡るというものだ。
ファン・オルデンボルフの初期作品《マウリッツ・スクリプト》(2006)は、17世紀のオランダ領ブラジルで総督を務めたヨハン・マウリッツの知られざる統治をめぐり議論するもの。作中における対話は、これらの問題とは直接関係のない立場の人々が撮影に参加し、受け継がれてきた歴史を読み解くことで、様々な視点からの声をもたらすきっかけとなっている。現在でも続くファン・オルデンボルフの制作スタイルがよく表れている作品だ。
オランダによる植民地政策や、インドネシア独立運動に焦点を当てた《偽りなき響き》(2008)は、国家統制の道具として発展してきたラジオの歴史を旧オランダ領東インド(現在のインドネシア)の視点で振り返るもの。現代オランダ社会における移民扱いを批判してきたモロッコ系オランダ人ラッパー、サラ・エディ―ンによる「もし私がオランダ人であったなら」(独立運動家 スワルディ・スルヤニングラットによるマニフェスト)の朗読は痛烈である。
ポーランドの映画産業に関わる女性たちと制作した《obsada / オブサダ》(ポーランド語で「キャスト」の意味)は、ジェンダー問題をあらゆる角度からとらえたもの。作中におけるキャストの対話や即興的なアクションは、芸術分野においても根深く存在する家父長的な特権についての問題提起となっている。旧時代から新時代への変化の狭間にいる制作現場の女性たち。その率直な声は、現代を生きる女性たちにとって悲しくも共感できる点が多い。
2019年に撮影された《Hier. /ヒア》(オランダ語で「ここ」の意味)でも、オランダで音楽活動や文筆活動を行う若い女性たちが紡ぐ、自らの異種混交的なルーツや性についての表現を取り上げている。そのタイトルからか、音楽の美しさも印象的な作品だ。
本展の軸となるのは、東京と横浜で撮影された新作《彼女たちの》(2022)だ。本作は、1920年代から人気を博し、ともに1951年に夭逝した小説家・林芙美子(1903〜1951)と宮本百合子(1899〜1951)を取り上げ、ふたりの著書に記された生き方と理想を、現代を生きるキャストが読み解くもの。政治と文学の歴史に名を刻む日本人女性ふたりと、現代を生きる人々による朗読や対話が共鳴し、今日におけるジェンダーや政治、情愛をめぐる葛藤が作品に反映されている。
映像インスタレーション《ふたつの石》(2019)は、バウハウスで学んだドイツ人の女性建築家、ロッテ・スタム=ベーゼと、カリブ出身の文筆家・アクティビストのヘルミナ・ハウスヴァウトの理想と軌跡を追いながら、現代を生きるキャストたちの対話によってそれらを探るもの。本作が撮影されたハルキウ・トラクター工場(ウクライナ)とペンドレヒト住宅街(オランダ)は、ふたりに関する場所でもあり、その相似点をリズミカルな映像表現で提示している。また、座席に設置された2つのイヤホンジャックからは、2種類の音声が聴取可能。この映像や音声の多層的な効果が、それぞれが描いていた思想との共鳴と不協和を効果的に表している。
ファン・オルデンボルフは、本展の構成や鑑賞体験について以下のように語った。「今回展示する6つの映像作品に加えて、会場にはそれらを鑑賞するための構造物を制作した。それらはゆるやかにつながっており、作中の登場人物だけでなく作品同士も対話性を持っているということを示している。作中に登場する登場人物は役者ではなくすべて知り合いであり、(社会が抱える課題を他の人に伝える)中間地点にいる人たち。本展は(展覧会タイトルでもあるように)『柔らかな舞台』。何が起こるかわからない偶然を作品に期待している。作品を通じて、一緒に参加してもらいたい」。
また、会場には映像作品のほかに、ファン・オルデンボルフのオーバーラップした映像表現がプリンティングとして表現された作品や、制作における参考書籍も展示されている。鑑賞のあいまに椅子に座っていくつか本を眺めるのもよいだろう。
なお、会期中にはギャラリートークや読書会などのプログラムも実施予定。展覧会公式サイトでプログラムが順次公開されるため、こちらもあわせてチェックしたい。