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2020.11.14

優れた美術館デザインとは何か? デザイン大国・オランダの事例から考える

「ダッチ・デザイン」と呼ばれ、デ・スタイルの理念を受け継いだ機能的で無駄のないデザインが特徴のオランダのデザイン。そのデザインは、どのように美術館にも浸透しているのだろうか。元美術館学芸員でオランダ在住の樋上まきが、実際の事例をもとに紐解く。

文=樋上まき

アムステルダム国立美術館 Photo by John Lewis Marshall
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 17世紀にレンブラント、フェルメール、19世紀にはファン・ゴッホを生み出したオランダは、現在ではデザインの分野で世界を牽引している。オランダのデザインは「ダッチ・デザイン」と呼ばれ、デ・スタイルの理念を受け継いだ機能的で無駄のないデザインが特徴だ。機能性と審美性が融合した実用的なダッチ・デザインは生活用品や都市空間などあらゆる分野でオランダの生活を支えている。

 また、オランダにおいてデザインとはかたちあるものをつくるだけでなく、問題解決の手段も含む。例えば1970年代のオランダは自動車の交通量の増大により多発する交通事故を解決するために国土のグランドデザインを変更した。車・自転車・人を分けることを目的に自転車専用道路を全国に整備した。このおかげで交通事故で死亡する子どもの数が1971年には400人以上だったのに対し、2019年には11人にまでに減った。社会構造を変更して明確な規則を定めたことで、個人のマナー向上や努力によらない問題解決を果たしている。

美術館に浸透するデザイン

 マウリッツハイス美術館は大規模な改装後の2015年にリニューアルオープンした際に美術館のガイドラインを新しく規定した。このガイドラインには字体・カラーパレット・レイアウトなどあらゆる視覚的な情報についても定められている。ロゴや館内で使用されるサイン、カフェのメニューからミュージアムグッズ、広告にいたるまで美術館のあらゆる視覚的なイメージはこのガイドラインに従って作成され、ブランドイメージが統一された。そして、リニューアルに伴い美術館公式サイトもガイドラインに基づいて刷新された。

マウリッツハイス美術館 Photo by Ronald Tilleman (C) Mauritshuis, Den Haag

 まず美術館に行くときにするのは必要な情報を得るために美術館公式サイトを検索することだろう。公式サイトを通じて提供される情報と体験は美術館の印象を決定づける。いくら美しいデザインと魅力的な文章があったとしても、訪問者が望む情報がすぐに見つけられなければ意味がない。マウリッツハイス美術館の公式サイトのトップページには作品画像が大きく映しだされていて文字情報こそ少ないが、そこから訪問者が知りたい情報まで「3クリック」で簡単にたどり着ける。開館時間と入館料金を知りたければ「VISIT」「PLAN YOUR VISIT」「OPENING HOURS AND PRICES」と順に選択すればよい。

出典=マウリッツハイス美術館のウェブサイト(https://www.mauritshuis.nl/en/)

 また現在、新型コロナ対策の一環としてオランダのすべての美術館で事前に美術館公式サイトから時間指定のチケットを購入する必要があるのだが、手続きにかかる時間はほんの1〜2分ほどである。日時を選択し、名前とメールアドレスを記入して支払いを済ませるとすぐにメールでチケットが送られてくる。年齢や性別、住所といった個人を特定できる情報や美術館を知ったきっかけといったアンケートなど購入手続きに不要なものは一切ない。

 美術館のサイトにおいて視覚的に優れたデザインは確かに訪問者を魅了するが、それ以上に訪問者のニーズを最善・最短の方法で叶える機能的なコンテンツデザインは美術館への信頼につながる。マウリッツハイス美術館のサイトは表示する情報と選択肢を絞り込むことで直感的に操作でき、迷うことなく目的のページに達することができる構造になっている。

出典=マウリッツハイス美術館のウェブサイト(https://www.mauritshuis.nl/en/ticketshop/tickets/selecteer/)

毎年300万人以上が訪れるアムステルダム美術館

 ウェブサイトで必要な情報を入手し、チケットを購入したらいよいよ美術館訪問だ。ここでは、来館者の異なるニーズをアムステルダム国立美術館がいかに応えているか見ていきたい。

 アムステルダム国立美術館は2003年から10年をかけて大規模な改修工事を行った。1885年に開館して以降、毎年増え続けるコレクションを展示するために増改築が繰り返されて館内が複雑になりすぎ、増加し続ける来館者に対応しきれなくなったためである。この改修によって建築当時の美術館の復元と建物構造の現代化を行って機能性を回復した。そして13年、来館者の受け入れ態勢を整えてリニューアルオープンをするに至った。

アムステルダム国立美術館 Photo by John Lewis Marshall

 アムステルダム国立美術館には毎年300万人以上が訪れる。観光シーズンには世界中から毎日1万人以上が詰めかけ、そのうち3分の2以上を外国人観光客が占める。館内では、時間が限られた観光客は目当ての作品の次々に写真におさめて素早く移動していくいっぽうで、作品の細部を詳細に味わう美術愛好家もいれば、作品には注意を払わずにベンチに座って単に空間を楽しむ人もいる。来館者の行動は様々で、作品を一つひとつ順番に鑑賞していくという伝統的なイメージは、いまでは鑑賞方法のひとつにすぎない。

 アムステルダム国立美術館に訪れた来館者が真っ先に向かうのは17世紀オランダ絵画の傑作を展示した「名誉の間」だ。時間が限られた観光客は名誉の間にあるレンブラントの《夜警》やフェルメール作品を見るだけでも十分満足できるだろう。名誉の間を出た後は来館者それぞれの見たい作品の場所へと分かれていく。名誉の間のある2階をぐるりと回れば17世紀のオランダの全体像を辿れるが、それには半日を費やす必要がある。そこで、広い館内を効率的に回るために提供されているのが美術館公式の無料アプリだ。美術館で見たい作品をいくつか選択すると理想の館内ルートを示してくれる。もちろん美術館があらかじめ用意したハイライトツアーを選択してもいい。

アムステルダム国立美術館の「名誉の間」 Photo by Erik Smits
ともにアムステルダム国立美術館のアプリ画面

 案内に従って作品の前まで行くと音声や動画などによる作品解説や専門家のインタビューなどを聞くことができる。音声での解説はキャプションのようにスペースの制限がないため複数言語に対応することが可能だ。アムステルダム国立美術館のアプリでは、世界中から訪れる観光客のためにオランダ語・英語・仏語・独語・日本語を含めて9ヶ国語に対応している。また、あらかじめ選択した作品だけでなく、気になった作品の番号を入力しても作品解説に瞬時にアクセスできる。アプリにあらゆる作品解説を集約したおかげで展示室は作品とシンプルなキャプションだけとなり、作品を見たり写真を撮りたい人と解説を読みたい人とが交錯することがなくなった。

「名誉の間」に展示されたレンブラントの《夜警》 Photo by Erik Smits

 美術館デザインは、展示する作品の選定・展示の構成・館内の導線といった美術館の空間だけでなく、ウェブサイトやオーディオガイド・アプリ等、来館者が美術館を通じて得る体験全てを構築するものだ。いま、オランダの美術館が抱える課題は多様なニーズをもった来館者の誰もが満足できる環境をいかにつくり出していくかという点にある。

出典=アムステルダム国立美術館のウェブサイト(https://www.rijksmuseum.nl/en)

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 すべての人のための美術館であることが目標だというマウリッツハイス美術館の広報担当者オンノ・ヴィッテンベルフはこう語る。「お客様が何を求めているのか知るために、よくお客様とお話をします。お客様の頭の中に深く入り込み、美術館に対するニーズ、生活の中における美術館の役割、来館を決める前にどのような選択をしているのか、また来館によってどのような体験を得たのかを知るためです」。

 美術館デザインは来館者の潜在的なニーズを理解することから始まる。