透明樹脂を繰り返し流し込みながら、アクリル絵具で絵を重ねて立体的な金魚を描くという独自の技法を使う美術家・深堀隆介。その個展「金魚鉢、地球鉢。」が上野の森美術館で開幕した。会期は2022年1月31日まで。
深堀は1973年愛知県生まれ。幼少期に弥富市の名産である金魚を見て育った。会社を辞してアーティストを志すも活動に悩んでいた2000年頃、放置していた水槽で生き続ける金魚の存在に気づき、その美しさに心打たれ、その後金魚をモチーフに制作をはじめた。
やがて深堀は、樹脂を使って立体的な金魚を描く技法を開発。平面の絵を重ねながらも、金魚が樹脂の中で漂うような立体的な作品をつくりだした。深堀はこの技法について次のように語っている。「最初にこの手法にたどり着いたとき、自らの手を離れて金魚が自ら泳ぎ出すような感覚を得られた」。
展覧会は6章構成。第1章「樹脂との格闘/進化する技法」では、深堀の作風を象徴する、樹脂を重ねて描く積層絵画の変遷を追う。深堀はこの技法を使うことで、金魚のヒレの薄さや皮膚の透過、水底の影などを表現できるという。
とくに00年代初頭から現在にいたるまで一貫して制作を続けている、一合枡に金魚が泳ぐ作品シリーズ「金魚酒」の歴代作品が並ぶ様は圧巻だ。同一の構成要素で制作されるがゆえに、深堀が樹脂と格闘してきた20年近い歳月の鍛錬の蓄積を見て取ることができるだろう。
第2章「2D─平面に挑む」では、深堀の平面作品を紹介。多くは畳一畳ほどの大型の絵画であり、深堀はこれら平面作品を鏡の前の自分と対峙するように制作するという。
第3章「遍在する金魚たち1─支持体、形式の探求」では、様々な素材を支持体に展開される作品を取り上げる。布や木板、ダンボール箱、菓子のパッケージ、机まで、あらゆる素材に現れた金魚たちを楽しみたい。
第4章「遍在する金魚たち2─支持体、形式の探求」では、様々な素材に金魚を描く深堀の制作のなかでも、とくに日常生活にあるものを支持体にした作品が並ぶ。
茶碗や小鉢、カップ、まな板、木桶などの多くは、深堀が実際に使用し不要となったものが多い。自身が愛着を持って使用した品々のなかに、金魚が泳ぐようなイメージが浮かぶという深堀。ものについた傷や汚れも、インスピレーション源になるという。とくに義母の嫁入り道具だったタンスを使った大型の作品《花嫁さえも》(2016)などからは、あらゆるものに金魚を宿す深堀の想像力を感じることができるはずだ。
第5章「2.25D─表面と深さのはざまで」では、深堀が新たな表現を模索した作品が並ぶ。平面作品ながらも樹脂と絵具を何層も重ねることで立体的な質感をつくりだした《白雨》《斑雲》(ともに2019)や、拾った空き缶をその日の記録とともに作品にしたシリーズなど、深堀の様々な挑戦が見て取れる。
終章となる第6章「新展開─生まれつづける金魚たち」では、深堀作品のさらなる展開を紹介。写実的な金魚ではなく、あえて平面的なキャラクターとして金魚を描いたシリーズや、鱗のみを平面に描いた「鱗象」シリーズなどからは、具象と抽象のあいだでいまも深堀の表現がアップデートされていることがよくわかる。
また、展覧会の最後に用意されたインスタレーション《僕の金魚園》(2021)は、見る者に大きなインパクトを与えるだろう。展示室に設置された本物そっくりの金魚の屋台。そのなかにはキャラクターのように平面化された金魚たちが泳いでいる。いっぽうで、壁面には水中の光のようなライトが投影され、金魚の水槽を覗き込むとともに、まるで鑑賞者も水槽のなかにいるような演出がなされている。
独自の技法と一貫したモチーフによってキャリアを重ねてきた深堀。その制作の全体像をとらえられる展覧会となっている。