数多くの美術館建築を手がけていることでも知られる建築家・隈研吾。そのの大規模個展「隈研吾展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則」が東京国立近代美術館で開幕した。
隈は1954年生まれ。64年の東京オリンピック開催時に見た丹下健三の国立屋内総合競技場に衝撃を受けたことで建築家を志し、コロンビア大学客員教授を経て、90年に隈研吾建築都市設計事務所を設立。これまで、その土地の環境、文化に溶け込む建築を目指し、世界20以上の国でプロジェクトを手がけてきた。
隈自身は2018年に東京ステーションギャラリーで美術館個展(「くまのもの」)を行っているが、東京国立近代美術館としては初の単独建築家の個展となる。本展に際して隈は「公共性やパブリックスペースをテーマとし、建築物や『ハコ』ではなく建築と建物の間の隙間にフォーカスしたいというお題を与えられた」としており、「コロナを体験したいま、我々の全員がハコから逃げ始めて、ハコの外のパブリックスペースを再定義しようとしている。タイムリーで予言的なテーマを与えてもらい、深く感謝している」とコメントしている。
いっぽうで本展を企画した保坂健二郎(滋賀県立美術館ディレクター、前・東京国立近代美術館主任研究員)は隈研吾という建築家を「人が自ずと集まってしまうような場所=新しい公共性をつくることを見据えている」と評価する。
会場は有料の第1会場と無料の第2会場で構成されており、第1会場では世界各地に点在する隈作品のなかから公共性の高い68件の建築を紹介。隈が考える建築の5つの原則「孔」「粒子」「斜め」「やわらかい」「時間」で分類されれた建築模型や写真やモックアップ(部分の原寸模型)などが並ぶ。
例えば「孔」のセクションでは、日本の鳥居に着想を得て街と川をつなぐ孔を設けた美術館「V&A ダンディー」や、「ナカドマ」という巨大な吹き抜け空間がつくられた「アオーレ長岡」などを紹介。
「斜め」では「根津美術館」や「オドゥンパザル近代美術館」「角川武蔵野ミュージアム」など、建築に「迎える」印象を与える斜めの要素を取り入れたプロジェクトを見ることができる。
本展の章・作品解説はすべて隈本人によるもの。第1会場では瀧本幹也や藤井光といったアーティストによる映像作品で隈の建築を鑑賞できる空間も設けられた。
加えて第2会場も本展のコアとなるものだ。ここでは「ネコ」の視点から都市での生活を見直すリサーチプロジェクト《東京計画2020(ニャンニャン)ネコちゃん建築の5656(ゴロゴロ)原則》(Takramとの協働)が公開されている。
《東京計画2020(ニャンニャン)ネコちゃん建築の5656(ゴロゴロ)原則》は、丹下健三が東京オリンピック以前(61年)に提案した東京湾に浮かぶ海上都市という「東京計画1960」に応答したもの。丹下が海上都市という俯瞰から都市を見る視点を提示していたのに対し、隈は地面に近いネコの視点を取り入れた。ひと所にとどまらず、自分で道をつくっていくネコの生態こそが、コロナ禍以降の人々が学ぶべきものだと隈は主張。その考え方が、Takramによって映像化された。
隈は以前、美術手帖のインタビューで自身の作品の根底にあるものとして、「工業化社会のなかで生まれてきたモダニズム建築をどうやって超えるか、ということ」だと答えている。今回展示された「ネコの5原則」は、まさにその考えが結実したものだと言えるだろう。