日本初の写実絵画専門美術館である千葉市のホキ美術館で、「STORIES─永遠の人物画展」が開幕した。会期は5月21日〜11月14日。
「STORIES─永遠の人物画展」は、同館の写実絵画のコレクションのなかから、人物画75点を厳選して展示するもの。初公開される新収蔵の新作も含まれる。
展覧会の冒頭で目を引くのが2021年の新作である、小尾修《とまり木》だ。椅子に体重をあずけるモデルの独特のポージングや、前髪のあいだからのぞく表情、四肢や指の複雑な絡みかたなど、構図を重視する小尾ならではの描写に注目したい。
ほかにも小尾の作品は、ここ10年ほどの期間に制作されたものがまとまって展示されている。人物のみならず、背景の壁面や巧妙に配置された小物の描き込みなどに着目すれば、より作家の技術に迫ることが可能だろう。
石黒賢一郎の作品にも注目したい。1967年生まれの石黒は、30代のころにスペインで4年を過ごし、スペイン写実絵画の影響を受けた細密描写を得意とする作家だ。いっぽうで石黒は、スペインで日本のアニメをはじめとしたサブカルチャーが人気を得ている様子を目にし、自身もまたその影響下にあることに気がつき、作品に取り入れるようになった。
石黒の新収蔵作品《INJECTION DEVICEの使用》(2020)は、石黒が自ら創作したストーリーをもとにつくられたもの。これは、ウイルス戦争中の2043年を舞台に、インジェクションデバイスでワクチンを注入しながら戦う女性主人公の物語だ。ほかにも、モデルがガスマスクをつけたシリーズなども展示されており、新型コロナウイルスとの戦いが続く現代における問いかけにもなっている。
ほかにも永井豪『キューティーハニー』や寺沢武一『コブラ』といったマンガの要素を取り入れた作品が紹介されており、石黒の想像力が生む独自の世界観を見ることができる。
五味文彦は1970年代前半の武蔵野美術大学の学生時代に「もの派」として活動。その後、写実絵画に活躍の舞台を移したが、学生時代に試みていた「価値を変換してものを組み立てる」という姿勢はいまも受け継がれている。
なかでも《ヒゲを愛した女》(2012)は、写真を破いて組み合わせた顔をモチーフとしており、印画紙の平面的な重なりによって構築された顔が、強い印象を与える作品だ。
《飛行計画─南風の囁き─》(2013)も、平面的な質感と立体的な質感をコラージュのように組み合わせて構築した作品だ。材質を表現する高い技術が生み出す、独創的な物語を楽しみたい。
ほかにも、ヨーロッパの古典技法を使いながら、自身の日本人としてのアイデンティティに向き合う塩谷亮や、ドレスデンでヤン・ファン・エイクの祭壇画を模写してその技法を追求した渡抜亮など、伝統的な西洋絵画と向き合いながも、自身の作風を確立しようとする画家の営みを目にすることができる。
加えて、同館収蔵品のなかでも高い人気を誇る生島浩《5:55》(2007-10)も、他館への貸し出しより返却されて展示されている。4年にわたりウィーン美術史美術館でフェルメールを模写したという生島ならではの陰影表現に注目したい。
多彩な写実絵画のコレクションを持つホキ美術館だが、あえて人物画に絞って展示することで、各作家の個性がより強く浮かび上がる展覧会となっている。