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柳幸典が旅館をリノベーション。「すみや亀峰菴」に現代美術のためのロビー&ギャラリーが誕生

1955年に京都府亀岡市に創業した旅館「すみや亀峰菴」。このロビーが、アーティスト・柳幸典の手によって生まれ変わった。

ロビー&ギャラリー 撮影=若林勇人

 近年、現代美術を取り入れたアートホテルの数は着実に増えている。しかしながら、現代美術家が直接携わったケースはそう多くないだろう。そんななか、京都の「すみや亀峰菴」が国際的に活動するアーティスト・柳幸典とのコラボレーションによって新たな姿を見せた。

エントランス 撮影=若林勇人

 すみや亀峰菴は創業1955年の老舗旅館。京都府亀岡市に位置し、かつてはジョン・レノンとオノ・ヨーコ夫妻、松田優作なども宿泊したことで知られる。同旅館ではおよそ2年前から大規模なリニューアルを進めており、そのコラボレーション相手として白羽の矢が立ったのが柳だった。

 柳は1993年に第45回ヴェネチア・ビエンナーレのアペルト部門を日本人で初めて受賞したほか、これまで数多くの国際展に参加。2000年のホイットニー・バイアニュアルでは、ニューヨーク在住の作家として外国人で初めて選ばれるなど、国際的にも高い評価を受けている。また08年には、明治の近代産業遺構と昭和の三島由紀夫のメッセージに自然エネルギーの技術を融合させた美術館「犬島精錬所美術館」を瀬戸内海の犬島に完成させた経験を持つ。

レセプションに登壇した柳幸典

 すみや亀峰菴の代表・山田智は、「ロビーは長らく改装計画がありながらも、いいイメージが浮かばなかった」という。そんななか、柳の作品を購入したことで関係が生まれ、今回のコラボレーションへと至った。山田は現代美術家である柳を指名した理由についてこう話す。「日本の伝統文化にこだわって旅館を経営してきたが、それだけでは古めかしくなってしまう。現代アートの最初の出会いが柳幸典でなければこのような結果にはならなかった。アートを好む若い世代にも来ていただき、未来へとつなげられる場所となれば」。

 いっぽう柳は「旅館でのロビー設計は初めてでエキサイティングだった」としつつ、「リノベーションには制約があり、障害を乗り越える必要があったが、職人とのコラボレーションは刺激になった。旅館は工芸、食、温泉、アート、建築などが調和した総合芸術だと実感した」と振り返る。

 ではそのリノベーションの全容を見ていこう。まずエントランスでは、葛飾北斎の《神奈川沖浪裏》を引用した《Study for Japanse Art -Hokusai-》が常設作品として迎えてくれる。同作は、国旗や紙幣などの砂絵を蟻に掘り崩させる「アント・ファーム」シリーズの新作。美術的なアイコンを脱構築させる作品だ。背景の黒壁は左官職人によるもので、漆黒の海をイメージしたものだという。

常設展示の《Study for Japanse Art -Hokusai-》 撮影=若林勇人

 エントランスからロビーへ移ると、そこからは5つの「鉄のキューブ」が見える。これらのキューブはそれぞれ、「外と内」「室内と庭」「ロビーと宿泊棟」の橋渡しをするトンネルの役割を担う。ロビーは「百代」と命名されており、これは李白の「春夜桃李の園に宴するの序」の冒頭部分「夫れ天地は万物の逆旅にして、光陰は百代の過各なり」からの引用だ。「大波に翻弄される人生の一瞬を迎えて送る空間であってほしい」との願いが込められた。

ロビー&ギャラリー 撮影=若林勇人

 このロビーはアートギャラリーも兼ねており、現在は柳の代表的なシリーズのひとつである「Wandering Position(さまよえる位置)」シリーズを展示。同作は鉄のフレームのなかで柳が蟻をひたすら追いかけ続け、その軌跡を赤いラインでたどるというもの。柳の作家としてのスタート地点のコンセプトでもある。

ロビー&ギャラリー

 茶釜が置かれカウンターにはエントランス同様、「アント・ファーム」シリーズのひとつが展示された。こちらはポップ・アートの大家であるアンディ・ウォーホルの作品を引用・脱構築したもので、背景は国宝「待庵」をイメージした土壁となっている。

カウンター 撮影=若林勇人

 ロビー&ギャラリーが大きく生まれ変わったすみや亀峰菴。今後は第2期工事として「アートの中に泊まれる」という特別宿泊室が完成する予定だという。柳幸典の作品ともいうべきこの旅館。一度は体験してみてほしい。

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