近年、ジェンダーや人種、民族、信条などのアイデンティティの不均衡を正し、ダイバーシティを重視する動きが世界各地に拡大。現代アートにおいてもこの10年ほどのあいだ、女性アーティストたちに注目が集まっている。
こうした背景の下でスタートしたのが、森美術館の「アナザー・エナジー展:挑戦しつづける力─世界の女性アーティスト16人」だ。この展覧会では、50年以上にわたって制作活動を行っている女性アーティストたちにフォーカス。参加アーティストは、エテル・アドナン、フィリダ・バーロウ、アンナ・ボギギアン、ミリアム・カーン、リリ・デュジュリー、アンナ・ベラ・ガイゲル、ベアトリス・ゴンザレス、カルメン・ヘレラ、キム・スンギ、スザンヌ・レイシー、三島喜美代、宮本和子、センガ・ネングディ、ヌヌンWS、アルピタ・シン、ロビン・ホワイトの16名。
年齢は71歳から105歳までと幅広く、出身地はレバノン、イギリス、エジプト、スイス、ベルギー、韓国、日本など世界14ヶ国におよび、現在の活動拠点も多岐にわたる。
本展を企画した森美術館館長の片岡真実は、「国際的に長くキャリアを重ねてきたアーティストの再評価が進んできている」としつつ、そうした動向を踏まえながらも幅広い作家をカバーするのではなく、「個々のアーティストの独自性を伝えるため」この16名に絞ったと語る。
「女性作家による展覧会ではあるが、必ずしも女性性を中心にしたものとは言い切れない。フェミニズム的な立ち位置が明らかなアーティストもいるが、それとは関係なく芸術性を追求してきたアーティストもいる」。
16名の選定は、ドイツ在住のインディペンデント・キュレーターであるマーティン・ゲルマンとともに行われた。基準となったのは、「近年国際的な評価が高まっている」あるいは「国際的な評価が待たれる」アーティストだ。
本展会場は基本的に各作家ごとの展示となっている。そのなかからとくに注目したいアーティストを紹介しよう。
フリーダ・バーロウ(1944年イギリス生まれ)は安価な工業用材料で空間を占拠するインスタレーションで知られるアーティスト。新作となる《アンダーカバー2》(2020)は、高さの異なる21本の脚によって支えられた、大型の彫刻作品だ。コロナ禍で来日が叶わないなか、すべてオンラインによる指示で制作されたこの力強い作品が、本展の入口となる。
ブラジルの国民的なアーティストであるアンナ・ベラ・ガイゲル(1933年ブラジル生まれ)。ガイゲルは地図や写真、ポストカードなどを多用しながら、大陸あるいは政治的な「境界」が人々のアイデンティティにどう影響してきたのかを探究してきた。本展では、版画やコラージュのほか、70年代に制作された映像作品も展示されている。
ニュージーランドを拠点とするロビン・ホワイト(1946年ニュージーランド生まれ)は、トンガ人女性との共同作業によって生み出した大作《大通り沿いで目にしたもの》(2015-16)と、日本人女性とともに制作した《夏草》(2001)を見せる。トンガの伝統的なタパ(樹皮製の布)である「ンガトュ」を用いた本作は、共同作業によってモダニズムの中心にあるオーサーシップからの解放を意味する作品だ。
長年教鞭も執っているスザンヌ・レイシー(1945年アメリカ生まれ)は、1970年代初めにフェミニズム・アートの先駆者のひとりであるジュディ・シカゴに学び、自身もフェミニズムを含む社会的課題に取り組んできた。本展では、ニューヨーク・ブルックリンの一角を会場に、365人の参加者が多岐にわたる女性問題について議論したプロジェクト《玄関と通りのあいだ》(2013)を映像で紹介する。
美術家であり詩人、哲学者でもあるエテル・アドナン(1925年レバノン生まれ)は、1960年代にアメリカのフェミニズム運動やベトナム反戦運動、アルジェリア戦争に影響を受け、母語であるフランス語ではなく英語での詩作を始めた。風景から感じた感覚を「色」と「形」に置き換えた小型の抽象絵画は、極めて控えめだ。折本を支持体とした詩やドローイングとともに、アドナンが追求する「愛と平和」に思いを馳せたい。
アンナ・ボボギアン(1946年エジプト生まれ)は政治学と経済を学んだバックボーンを持つアーティスト。世界の歴史を政治、経済、産業、文化という観点からストーリーテリングする作品を手がけてきた。本展では、若い女性の搾取など、シルク産業の背景にあるストーリーを紙芝居のように仕立てた新作《シルクロード》(2021)を展開する。
宮本和子(1942年日本生まれ)は、ソル・ルウィットの最初のアシスタント。1974年から83年まで女性アーティストによる非営利団体「A.I.R.ギャラリー」に所属し、86年には自らギャラリー「ワントゥエンティエイト」を立ち上げた。コンセプチュアル・アートの渦中にいながら、70年代には釘と糸を用いた3次元の立体を生み出し、80年代には自然素材を用いた有機的なインスタレーションを発表している。本展では、釘と糸の立体作品《黒い芥子》(1979)を中心に、主に70年代の作品が展示された。
ミリアム・カーン(1949年スイス生まれ)は、ナチスによる迫害から逃れるためにスイスへと亡命したユダヤ人の両親のもとに生まれた。カーンの色彩豊かな油彩画には、差別などの社会問題、戦争、ユダヤ人女性であるというアイデンティティが深く関わっているという。人権問題や居場所を失われる人々を長年のテーマとしているカーン。そこに描かれた人々は何を意味するのか、じっくりと鑑賞したい。
三島喜美代(1932年日本生まれ)は1950年代からアンフォルメルの影響を受け、抽象絵画を制作。その後60年代からはコラージュ作品を手がけるが、これは高度成長期を迎えていた社会で急激に増加し、氾濫する情報を物質として定着させるという試みだった。70年代からは、新聞やチラシの情報に陶の質量を与えた立体作品を手がけ、近年ではその評価が高まりを見せている。
「好奇心が強いので面白いと思ったことは自由にやってきた。やめたいと思ったこともなかった」。これは本展内覧会に作家として唯一参加した三島の言葉だ。
会場に並ぶ作家は、いずれも50年以上という長いキャリアを誇るアーティストたち。なぜ彼女たちはここまで長きに渡り芸術と向き合い、作品を生み出し続けてこられたのか? 会場には各作家ごとにアートの役割や挑戦し続ける理由などを問うインタビュー映像も展示されている。生の言葉を噛み締めつつ、それぞれが放つエナジーをぜひ体感してほしい。