1966年開館の長野県信濃美術館が長野県立美術館として4月10日にリニューアルオープンした。善光寺を正面に望むロケーションの中、「ランドスケープミュージアム」をコンセプトに宮崎浩が設計した。丘陵地を利用し、地下1階から地上3階、のべ1万平米にスペースが拡充され、地下を除くすべての階に水平移動で入館できる。
長野県信濃美術館は善光寺に隣接する城山公園内に財団法人信濃美術館として設立。69年に県に移管されて以来、信州唯一の県立美術館として信州の作家や自然の風景をモチーフとした作品を中心に収蔵してきた。90年には東山魁夷館を設立し、東山の潤沢なコレクションを構築している。
「霧の彫刻」をアイコンとした新美術館の建築
新美術館は、先んじて2019年に全面改修された隣接する「東山魁夷館」とガラス張りの空中ブリッジで結ばれており、その下には「水辺テラス」と呼ばれる階段状の滝が造成された。
この場所で常設展示として日に8回展開されるのが、1970年以来、様々な場所で展開されてきた、アーティスト・中谷芙二子による「霧の彫刻」だ。滝の上流から噴出された霧は、その日の気温や風向といった環境要因によって様々に変化する。あるときは舞い上がり、あるときは下で滞留する自由な霧の姿は、同館のアイコンとなる。
屋上部分は「風テラス」と名づけられ、カフェも併設。善光寺や飯綱山を望むこのオープンテラスでは、今後ライブパフォーマンスなども企画されるという。
市民に開かれた美術館を目指す「交流スペース」と「オープンギャラリー」
館内は自由に入れる無料のゾーンが充実しており、誰もが気軽に訪れることができる公園のような美術館が目指されている。1階にはこうしたコンセプトによってつくられた施設のひとつである「交流スペース」が設けられた。この空間では6台のプロジェクターにより、L型の壁面に、榊原澄人とユーフラテスによるふたつの映像作品が投影される。
北海道出身で現在は長野県に在住している榊原は、アニメーション作品を制作してきたアーティストだ。「交流スペース」で上映される12分の作品《飯綱縁日》は、飯綱山麓で暮らす榊原が、自身が目にした風景と自身の「インナーランドスケープ(内在的原風景)」を織り交ぜながら描かれたアニメーション作品。モチーフとなった事象のディテールを豊かに描き出しながらも、投影されるそれらは緩やかな関係性をもってつながり、時間とともに重ねられてきた人々の営みを物語のように印象づける。
いっぽうの、慶應義塾大学の佐藤雅彦研究室の卒業生を母体としたユーフラテスは、NHK Eテレの「ピタゴラスイッチ」の企画制作でも知られるクリエイティブ・グループだ。出展されている《1本の線》は、壁面を線が動き回ることで展開されるアニメーション作品。「一定の長さの線であらかじめ決められた絵をなぞるように進む」というルールに従い、少女や小鳥といったモチーフの線が現れては端から消えていく。繰り返し鑑賞することで、物語の行方に触れることができる作品だ。
これら映像作品が展示されている「交流スペース」の一角には、ガラスで区切られた「オープンギャラリー」も設置。ここは、作家による地域密着型のアートプロジェクトなど、現在進行形の創作活動を紹介する場所となる。ここでは、コミュニケーションをテーマに日常記憶地図というメソッドを使用し作品を制作するサトウアヤコを招致し、展示「美術館のある街・記憶・風景 『日常記憶地図』で見る50年」が開催されている。
サトウは地域の人のインタビューを通し、当人の場所にまつわるエピソードをパネルにまとめてきた。サトウが「弱い記憶」と呼ぶ人々がインタビュー中に思い起こした記憶を含めて、50年代から00年代までの長野市の記憶を地図として展開。観覧後に長野市を歩けば、美術館を通して、地域に新たな視点を与える展示となっている。
企画展ではクローンで蘇る文化財を紹介
企画展は、おもに1階の「展示室1」と2階の「展示室2」「展示室3」で開催される。ここで開催されている同館のオープニングを飾る企画展が「未来につなぐ〜新美術館でよみがえる世界の至宝 東京藝術大学スーパークローン文化財展」だ。
東京藝術大学が最新のデジタル技術を駆使し文化財を細密に復元した「スーパークローン文化財」や「クローン文化財」。前者は文化財がつくられた当時の状況を研究しその姿を復元した複製、後者は文化財を現状のあるがままの姿を再現した複製を指す。今回の展覧会では、法隆寺金堂の《釈迦三尊像》やアフガニスタンのバーミヤン、中国の敦煌などの石窟寺院の仏教美術といった文化財の複製が展示される。
1階展示室では、法隆寺金堂の《釈迦三尊像》の「スーパークローン」を展示。これは、623年の法隆寺の創建当時の姿を再現したもので、現在の姿とは異なる全身が金で覆われ鮮やかに着色された当時の姿をいまに伝える。
また、像の周囲には1949年の火災により消失した《金堂壁画》も7世紀末〜8世紀初めの姿で復元されている。創建から間もないころの姿とあって、現在広く知られている複製よりもより鮮やかな姿が印象的だ。1階展示室は吹き抜けとなっており、2階部分に登れば仏像を上から見ることもできる。
2階の展示室では、1階と同様に法隆寺釈迦三尊像の「クローン文化財」が展示されている。こちらは1階のものとは異なり、現在の状態の釈迦三尊像を模したもの。いっぽうで、この像を囲うように設置される金堂壁画は火災で失われる直前の記録をもとに再現された「スーパークローン文化財」だ。1階の壁画と比較することで、経年による変化を知ることが可能となっている。
ほかにも、6〜7世紀につくられた北朝鮮の高句麗江西大墓や、中国の敦煌莫高窟やキジル、タジキスタンのベンジケント、ウズベキスタンのアフラシヤブといった遺跡の「クローン文化財」が展示される。
なかでも注目したいのは、アフガニスタン・バーミヤン石窟のものだ。バーミヤンの石窟は、2001年3月にイスラム主義組織・タリバンによって大仏像が破壊されたことでも知られるが、このときに天井にあった6世紀の壁画《天翔る太陽神》も失われている。同展ではこの壁画も「スーパークローン文化財」として再現することで、往時の姿を知るだけでなく、地域紛争により危機にさらされる文化財に、改めて関心を持つ機会を創出している。
手で触れられる美術展
オープンにあたって、同館では金箱淳一、中ハシ克シゲ、西村陽平、光島貴之の4名の作家による展覧会「新美術館みんなのアートプロジェクト ふれてみて」も開催する予定だった。視覚に限定しない触れることができる展示を常設展示室と「アートラボ」で実施するこの展覧会だが、新型コロナウイルスの感染拡大にともない、展示の性質上開催が延期となっている。しかしながら、すでに会場設営は完了しているので抜粋して紹介したい。
メディア・アートを制作する金箱は、短冊型のデバイスを使用して音と光によって、人と人との影響を知覚できる作品を展示。彫刻家の中ハシは視覚を遮断して棒に粘土をつけることで制作された「触覚彫刻」を出品している。
また、陶芸家の西村はペットボトルや缶ビールといった身の回りのものを焼くことで見た目だけでなく手触りまで変化させる造形を制作。自身も盲目である光島は、視覚以外で感じ取った長野市の様子を、カッティングシートやラインテープ、釘などで表現した作品を展示する。
同館では、Mame Kurogouchiのデザイナー・黒河内真衣子により一新されたスタッフのユニフォームにも注目したい。ゆるやかな曲線を持つダブルブレストのジャケットや、首元のスカーフにあしらわれたリンドウの花など、黒河内らしい意匠が際立ったユニフォームは、新鮮な印象を与えてくれる。6月19日からは、美術館初となるMame Kurogouchi単独の展覧会「10 Mame Kurogouchi」(テンマメクロゴウチ)も予定されており、こちらも期待が集まる。
周辺の善光寺や城山公園とともに、一帯で整備された同館。今後は企画展「森と水と生きる」(8月28日〜11月3日)や、コレクション展「長野県立美術館 名品選(仮)」(2021年8月28日〜)なども予定されており、展示やイベントを通じて、広く市民や観光客に開かれた美術館になることを期待したい。